1章の28
黄昏れは闇に閉ざされる。
真っ暗な道。
照らされた月明かりの下2人は、城に帰ってきている。
「もぉジキムートさん。どこにいたんですか~っ」
山間の町、虫が鳴く夜道を2人歩き続ける。
夜になると結構寒く、半袖ではいられない程だった。
「……」
あの後ケヴィンは、夜の街を小一時間ほどさまよった。
ジキムートを探して。
「見つけてもなかなか、草葉の陰から出てきてくれないから……。もぉ、銅貨返してくださいよぉ」
「やだよ」
投げた銅貨に食いついた所を、捕獲されたのだった。
猫かな?
「あっ、ケガしてるじゃないですか~。ジキムートさん、コレ、ありますから」
「……〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟、か。良いのかよ」
「ええ。きっと、僕への配分は少ないでしょうけど。ヴィエッタ様がいればきっと、僕にもまた、手に入りますよ。」
「そうヴィエッタに、指示されたのかよ?」
「あなたを助けてあげて欲しいとは、頼まれました。ですが、困ってる人を見捨てておけません。どうせ少量ですしね。切り傷くらいです。この量で治せるのは」
そう言って差し出す、ケヴィンの神の水。
「見捨てろ、そんなもん。腹の足しにもならん」
ジキムートは頭をかきながら、神の水を袋にしまった。
2人はそのまま少し歩いていると、門が見えてくる。
「あっ、ジキムートさん。ジキムートさんは道場で寝ろって、シャルドネ様が」
「へぇ……。少しは客人として、迎えてくれるわけだ。まぁ一応はあのお嬢様の、代決闘者の指名受けてんだもんな」
独房へと帰ろうとしたジキムートは笑い、道場とやらを探す。
「あっちです。先に行っておいて下さい。僕は、稽古の服を取ってくるんでっ!」
ケヴィンの指さす場所には、騎士団の室内鍛錬場があった。
教えてもらった場所に向け、歩を進めるジキムート。
「先客か……」
明かりがともっていた。
そこでは……。
「くっ……んっ。離しなさいっ!」
苦悶するも、男はヴィエッタの小ぶりの胸を揉みしだき続ける。
極上に白い肌が、あらわになっていた。
「お嬢様~、どうしましたか?」
そう言って、何食わぬ顔で後ろから羽交い絞めにし、鼻の舌を伸ばして胸をもむ騎士団員。
「くっ、このっ!」
ヴィエッタは肩を揺するも、男の力には到底かなわない。
微動だにしないが……。
バシンっ!
「あだっ……」
持っていた竹刀の柄で頭を殴られ、兵はヴィエッタを放す。
だが……っ!
「後ろがお留守ですよ、お嬢」
ヴィエッタが逃げたその後ろ。
そこに座っていた兵が突然、彼女を襲うっ!
それに振り向きざま一撃っ。
バシっ!
だが、女の一撃では軽い。
そのままタックル状態で抱き着かれ、彼女は前から捕まってしまったっ!
「やっ……」
抱き着くとすぐに、その騎士団員はその手で、小さめの尻を撫でまわしていくっ!
「うっ……。やめなさい、こんな破廉恥なっ!」
「何を言うんです。これが戦場なら、敵が複数なのは当然ですよ」
(ふっ……。まあそうだな。確かに負ければ女は、このまま強姦される。――ただしお前は、一撃目で死んでるが。)
ジキムートはその光景を見て、心で付け加えた。
「やっ……やだっ、そんな……とこっ!?」
前からお尻を触っていた騎士団員はそのまま、スカートの中へ手を入れていくっ!
その瞬間ビクッと身震いをし、目がうつろになったヴィエッタ。
「おやおや。どうしましたか、濡れてますよ……。へへへ」
スーっとその、ブラウンの美しい髪の匂いを嗅ぐ騎士団員。
そして、満足そうに男はお尻をもみながらも、ヴィエッタのパンツを下ろした。
「うぅっ!? そこ……はっ」
更に前まで手を伸ばし、刺激し始める騎士に、ヴィエッタが大声を出すっ!
ビクッ。
はねるヴィエッタっ!
美しい茶色の髪が、小刻みに揺れ続ける。
「くっ……うぅ」
たくさんの騎士団員の目の前で、破廉恥な姿をさらされ続ける令嬢。
泣きそうな声を上げるヴィエッタ。
すると……っ!
「そこまでっ。やめよっ」
副団長が、それが止めた。
「どうでしたか、ヴィエッタ様。これが戦場。あなたが思っているほど甘くないのです」
「……」
その言葉に必死に服を直し、ヴィエッタが黙りこくる。
「我ら騎士団はこの恐怖に屈せず、戦い続けている。少しは我らの身にもなって下さい」
「まぁ、ざっと言って脅し、だな」
ジキムートがそう評する。
自分たちをないがしろにしようとする者を、排除する。
それができないなら、彼らなりの戦いをする。よくあることだ。
「なっ……何、これっ」
肩で息をし、彼女は口元を拭く。
そして、一目散に出ていったっ!
「おっと」
横を走り抜けるその姿を、見送るジキムート。
「……どうしたの、ヴィエッタ様。泣いてたみたいだけど」
「ちょっと騎士団に強めに――。そう、きつめに揉まれたんだよ」
その言葉に笑うケヴィン。
「あぁ、練習大変だもんね」
ピクリっ!
その時、ジキムートが後ろをふり向いたっ!
(今誰か、笑ったか?)
気配がした。
少し視界に入って消えたが、青い人影がいた……ような気がする。
「おぅ来たか、ケヴィン」
「はいっ、お願いいたしますっ!」
ケヴィンは大声で挨拶をし、道場に入っていくっ!
どうやら彼はいつも、この道場で稽古をしているようだ。
騎士団員はケヴィンが入ると、一休みとばかりに座り込んでいる。
「あぁ~あ、今日も終わりだヤレヤレ。さっさとケヴィンを叱って、ちゃちゃーっと終わりましょうよ。副団長殿~」
「ホントホント。どうせケヴィンはどうやったって、俺らが居る限りは騎士にはなれないんだからさ~」
「……」
座った騎士団員がボソボソと、何かをしゃべっていた。
「ではまず、マナサーチの練習だっ! お前はいまだ、魔法を使えない未熟者。それでは戦場ではまず、生き残れんっ! 魔法は剣技と同等っ。剣で撃ち合うその前が重要だっ! 最低でも、一度は魔法を使用しなければ、相手に先手を取られてしまうからなっ!」
述べられる、戦場の前提条件。
聞きたかったような、聞きたくなかったような、
そんな面持ちでジキムートがうなだれ……。
「やっぱ……そうか」
傭兵は頭を抱えた。
彼は今、魔法は使えない。
それは確実だ。
一枚こっそり、残してあったタトゥーを使ってみたが、機能しなかった。
「確かお前はもう、17だったな? 未だ小姓(ペイジ)であるお前の、騎士試験でもあると、そう心してかかれっ!」
「はいっ!」
副団長の言葉に、ケヴィンの拳に力が入る。
小姓(ペイジ)に関しては大体、14か5くらいで卒業する物だ。
だがケヴィンは今だに、その位から抜け出せていなかった。
そろそろ小姓(ペイジ)を名乗るのも、きつい年齢になってしまっている。
「それではそうさな……。今は水を使おうか。目を閉じ、イメージしろ」
「はいっ!」
気合を入れ、ケヴィンがその試練に向かうっ!
それに合わせて、ジキムートも集中した。
だが、傭兵の要領は自分の世界と同じ、魔術的な回路。
心にある電気線を入れ替える手法。
「4色思い出せ。赤、青、緑……そして紫。その色をマブタに持ったまま、純粋な目で、世界を見るのだ!」
副長の言葉にケヴィンが目を閉じ、意識を集中する。
「はい、赤に緑に……。全部見えました」
ケヴィンの目には今、世界の空気、物質、光の加減に至るまでの森羅万象。
その全てに、色が見えている。
私達ならば大体、『カラー下敷き』と言えば分かるだろうか?
たくさんの、つぎはぎされたカラー下敷きを通して、世界が見えていると言える。
「青に集中しろ。大きな青を見つけ、それをつかめっ!」
目に映るマナに、手を伸ばした瞬間……。
「……。へぇ驚いた。マジでタトゥー無しでもいけるんだな。マナが溢れるってのはすげえぞっ!」
ジキムートは驚く。
彼は目をつぶったまま、自分の線を水色に配線しなおした。
ただそれだけでも、体が発光したのを感じたのだ。
「じゃあ俺は、炎でも」
楽しくなったのだろう、舌を出し我が道を行く。
魔法の管を赤へと、付け替えようとした。
「次にマナビルドっ! 青をゆっくりと、丸く固めろ。パンを作るんだっ!」
「こねる……こねる」
ケヴィンは青をこねて、小さな手のひらサイズのパンの元。
それを作ろうとするが――。
これが難しい。
「くっ……こぼれていく」
「練りが足らんのだっ! 迅速に的確っ、そして綺麗にっ。さもなければドンドンと疲労が増すっ! マナを握るだけでも力を消費するのだっ。しっかりと早急にビルドっ、魔法を構築せよっ!」
「はっ、はいっ! そうだそう……よし、できたっ。はぁああっ、水よ来たれっ!」
そしてケヴィンは、こねた団子を自らの体から引きはがすっ!
少しはがれる時に痛みがあるが、それと共に、かき集めた水のマナが解き放たれ……っ!
「あれぇ……」
ケヴィンが残念そうに声を上げる。
「ふぅ……お前は。それでは騎士団どころか、傭兵にすらなれないぞ」
かぶりを振る副長。
ケヴィンの魔術は全くと言っていいほど、発現しなかったのだ。
「……嘘の、臭い」
目の前に出た、小さな小さな炎を見ながらジキムートは、その副長の顔に違和感を覚える。
「どうしてダメなんだろう、きちんとマナサーチできるのに」
「ケヴィン。マナサーチは比較的、どんな人間でもできる。だが問題であり、本質はマナビルドだ。マナを美しくきれいに構築せねば……」
クスクス……。
ケヴィンが諭されている様子を見て、笑っている騎士団員を見つけたジキムート。
「〝そういうこと″もできるのか。サンキュウな、ケヴィン」
ジキムートは気づく。
おそらくはこの世界。
上位の魔力が被ると小さいほうが、消されてしまうのだろう。
(考えられる〝崩し″は『上位権限者』と『場の優位』、『魔力強奪』。そして今回は……『魔力強奪』だろうな。)
ジキムートには、この世界の魔法力学の知識は無い。
だが彼は、『人間力学』の観点から、この世界の魔法を紐解いて見せた。
おそらくは、水を使うと分かった騎士団員が先に、ケヴィンより高いクラスのマナサーチをかけたのだろう。
そして、他人が手にした水のマナを奪った。
「どこにでもあるんだ、どこからでも盗れる。人の原理……だな」
神がそれを意図したかどうかは知らないが、まかり通る以上、問題ないのだろう。
マナが溢れていても、ケヴィンがココに居る限りは、魔法を上達させる事はなさそうだった。
「これでは今日も、剣の稽古はできない。また明日だ、ケヴィン」
「そっ、そんなぁ。お願いします、僕に剣を教えてくださいっ! 立派な騎士に……。剣に誇りを持ちたいんですっ! 魔法を使わなくても、あの騎士候『ローエン』や傭兵『ヴィン・マイコン』のようにっ。きっと、立ち回りをなんとか……っ。どうにかすればっ!」
席を立ち、歩き出そうとする副団長に、必死に懇願するケヴィンっ!
だが……。
「うぬぼれるなケヴィンっ。大体お前のような第7階級は本当は、入団試験を受けることすらできないのだぞ! その試験を通って騎士となったローエンは、相当な魔力の持ち主だ。第3等魔法を使うのをこの目で、しかと見たのだからなっ!」
そう言って、自分の目をさす副長。
「ヴィン・マイコンはおそらく……。幻惑の魔法の極致者だろう。誰も触れられないと言うことは常に、奴めは自分の体を幻惑で保護している。最低でも第5階級はないと使えんよ。……まぁ第5程度でも、傭兵にとっては大敵だろうし、な。ふふっ」
あざ笑うようにジキムートを見る、副団長。
(やっぱり、魔法だの階級だの論争になるんだな、この世界。うちらの世界でも傭兵のクラスと騎士団クラス。そして、魔法階級は常に、話題の中心だ。)
「神の加護も乏しいお前では到底、騎士どころか傭兵にさえも……。そうだ傭兵」
自分の言葉で気づいたように、ジキムートに向く副長。
「傭兵、貴様魔力階級はいくつだ。神の加護は?」
「魔力ゼロって言って、良いくらいだ。神の加護は知らん」
ジキムートは即答した。
「……」
「……」
あまりの即答に、場が止まる。
静寂。
そして。
「なっ……なんだって? 今こいつ、なんて言った」
「……くくっ。イヒヒヒッ。神の加護を忘れただと。嘘だろう? なっ、なぁっ……。なぁ?」
ジキムートの眼前に、まるで知らない騎士団員が、なれなれしく顔を近づけてくる。
「神の加護は知らん。……だってよ。本当は知ってるくせによぉ」
「神の加護は知らん。神の加護は知らんっ!? ダメだ、この頭の悪い回答は一生忘れられないぞっ」
「……やはり、か」
明らかに態度が変わる。
いや、それまでも傭兵を馬鹿にした目である事には、変わりはなかった。
だが……今度は何かが違う。
例えば、高校生が携帯(スマホではない)すら持てない。
中学生でまだ、親と一緒に寝ていると明かした。
といった物と、似たような感触である。
嫌悪から嘲笑へ。
「ウヒヒっ。お前神様に捨てられた、〝捨て子″か。だからそ~んな、くくっ! 傭兵なんて痴れ者の職業になれるんだよな~、やっぱり。おぉ怖い怖い。俺は神に祝福されてホ~ント良かったぜぇ」
「くくっ。いーひっひっ。やはり傭兵なぞ、騎士団と比べるべくもないなぁ、うんうん。捨て子なんぞ、せいぜい〝ライト・ディバイン(光の加護)〟でも受けとけよっ。生まれた時からの落ちこぼれ……ちゃんっ。傭兵なら捨て子でも、立派に生きていけるんだとよーっ、ひひっ」
「立派ぁっ!? くくっ、どこがだよこのヒョロいのがっ。だが傭兵ってのはよっぽどできの悪い、ゴミの集まりなんだろうな。魔法が使えないなんて、哀れでしょうがない。代わらせてやりたいよ……カエルとさ。ま~だカエルのほうがマシさっ! なぁ~傭兵?」
笑いが続く。
大きな大きな笑い。
それはこの道場で、鳴りやむことがない。
「捨て子、な。神様がこんだけ持て囃されるんだ、魔力がなきゃ捨て子同然って事だな」
予想はしていた。
だがここまで、あからさまに侮蔑されるとは思っていなかった。
ジキムートはまだ、神への敬意なぞ無いのでまあ良いが……。
ケヴィンの顔は見ちゃいられない程、惨めだ。
「……」
キュッと、ケヴィンは竹刀を――。
誰も稽古なぞつけてくれない剣。
魔法が使えなくともたどれるハズの、騎士道への扉。
それを握り締めながら、必死に涙をこらえている。
このジキムートへの侮辱はそのまま、ケヴィンへの侮辱だ。
「まぁ良いじゃないか。やはりヴィエッタ様のおっしゃる事は、間違っていた。それが分かっただけで良い。撤収だっ!」
その号令に、副団長についていく形で騎士団たちは、その場を出ていく。
「おいケヴィン、きちんと掃除しとけよ。かぁっぺっ。これで少しは磨きがいがあるってもんよ」
そういってタンを吐き、ゾロゾロと出ていく騎士団ご一行。
「明日は頑張って逃げ回れよ。捨・て・子ちゃんっ」
「そうだぞ。何分逃げられるか、賭けてるんだ、捨て子。しっかり全力で、惨めに逃げろよ」
なれなれしくジキムートに触る騎士団員。
「……」
「なかなか誉まれある騎士団だな、あいつら」
出ていったそのあと。
まるで祭りの後の様な、汚さが残る。
そこにケヴィンは歩き出し……。