4章の19
「……なんだ、あの2人。ギリンガムが……走っていく。そしてヴィン・マイコンがこちらに走って……っ!? 方々走って、私を探しに出るつもりなんでしょうか? ヤケを起こしたかっ」
なぜかこちらに走ってくるヴィン・マイコン。
訳の分からない、疑問だらけの男に恐れをなし、ノーティスが位置を変えようと水平に移動した。
すると……っ!
「……っ!? あの男、なぜこっちが追えているのですっ!?」
ノーティスが汗を流して雪の中を逃げ惑うっ!
新雪を踏み鳴らしながら逃げる彼女にぴったりと、後ろを追いかけてくるヴィン・マイコンっ。
「どういう仕組みですかっ、奴の力は!? 雪山でどうやって隠れた白ウサギを見つけ出しているというのっ!?」
訳が本当に分からないヴィン・マイコンの力に恐怖するノーティスっ!
だがその瞬間っ!
ヒュンっ!
「なっ!?」
グズリっ!
肉が音を立てたのを体の内部から聞くノーティスっ!
とっさに避けたが、彼女の腕には氷の刃の傷っ。
「なっ!?騎士団かっ。くそっ。鬱陶しいんです……よっ!」
ショートソードをすぐさま抜き放ち、その2人組の騎士団に斬りかかったノーティスっ!
だが……。
「様子が……おかしいっ!?」
彼女はその騎士団の動きの奇妙さにすぐに気づく!
そしてすぐに周りを見渡し……。
「くっ!」
逃げ始めたっ!
すると……逃げのびたノーティスの目の前にまた、銀色の光が。
「くそっ、こっちにもいるのかっ!?」
騎士団員だっ!
騎士団員がその場から動かず、周囲を伺い続けているっ!
そしてノーティスを見つけるや否や弓を放ってきたっ。
ヒュンっ!
「うぅっ」
とっさでかわすが……新雪で深く沈み、足場が悪い。
ノーティスは足元をぐらつかせるっ!
その時っ!
バヒュッ!
投げられた、長大で重厚な剣っ!
重さ3キロもの刃物がノーティスめがけて飛んできたっ!
「うぁっ!?」
とっさに身をかわすノーティスっ!
だが避け切れなかった彼女は足を斬り裂かれ、出血してしまった。
「はぁ……はぁ」
白い吐息をもらしながら足を押さえるノーティスっ!
なんとか騎士からは逃げ延びたが、後ろから追ってくる黒くて大きい影は……消えない。
それが少しずつ大きさを増していっているっ!
「ば……化け物」
足が……斬られた足がジンジンと痛み、悲鳴を上げる。
あの男は見えないハズの自分をしっかりと追ってくる。
理由もなく、訳も分からず。奴はどうしてもどう逃げても、どう頑張って隠れても。
あっさりと自分を見つけ、自分を笑いそして、自分を殺す。
「はぁ……はぁ。姉弟達よ……私に力を。ダメな……。怖がりのお姉ちゃんを助けて欲しいっ」
白い息が漏れる。
声が震えた。
ギュッとすがるように、黄色の髪留めを握るっ!
「まだ負けていないっ。まだ勝てる要素は残ってるっ! はぁ……はぁっ。駄目だっ、戦うんだ私っ!」
その音のない小さな影。
それが自分に近づくのが分かる、それだけ。
まだ勝敗は決していないハズの今でさえ、気配を感じるだけで発狂しそうになる。
足も震え、歯がカタカタと音を立てた。
「捉えているぞ……どこに居ようとなっ!」
ヴィン・マイコン。
傭兵王。〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″。
そして……悪魔。この男に睨まれれば、逃れる事はできないっ!
「う……うあぁああっ!?」
ノーティスが逃げ出し始めたっ!
その場から必死に風の呪文で逃げ出そうとする。
ガシャーンっ!
ステンドグラス割って外へ出ていく彼女っ!
「なにっ!? 風で飛べるだとっ!? まっ、待てーーっ!」
「追うなっ! お前らじゃ敵わねえぞっ。それより……ソッチだっ! お前ら――ふふっ。まっ、頼むぜ」
そう親指を立て、ヴィン・マイコンがノーティスを追い立て走って行ったっ!
「追うな。騎士団はココを死守せよ」
「たっ隊長殿……っ。分かりました。全員ここを防衛いたします。シュラザナーグっ!」
そう命令に応える騎士団達。
そして……雪と風がゆっくりと、収まりだしていった。
「全く、やはり奴は……。〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″は噂にたがわず化け物だな」
「あぁ……。アイツが来ただけでこのありさまだ。水の民もどっかに逃げて、行っちまったしな」
難局を乗り切り、騎士たちが安堵の声を上げる。
周りはまだ雪でいっぱいだが、それもすぐに溶け始めていた。
「でも……それならなんでアイツ、自分でノーティスを追わなかったんだ? あんだけ強いんなら雪の中でも圧勝……うぉっ!?」
ドドドドドッドッ!
「なっ、なんだなんだっ!?」
地面が揺れている……っ!
「おい、コレっ!? ひっ、ひぃっ……。捕まれーっ!」
騎士団達が地べたに這いずるっ!
その声は恐怖に満ちていた。
その揺れは強く、震度3はあったっ!
「地揺れっ!? 樹の魔法……? いやっ、ここは水の聖地だっ! なら自然の地揺れだとでも言うのかっ!? そんな馬鹿なっ」
慌てふためき、地面に突っ伏す騎士団員達っ!
この小さな島国で、年間2000回も震度3を味わう日本人には分からないが、震度3〝程度″が年100回未満の彼らには十分恐怖の対象である。
「な……なんだ、あの光っ!?」
一人が叫ぶっ!
ノーティスが逃走した結果、上方のステンドグラスに開いた穴から見えたのは……。
「あれはもしや……マッデンか?」
「隊長、分かるのですかっ!?」
天に穿たれた光の柱っ!
その溢れるマナの姿は全員が見とれてしまう程、本当に煌びやかで……。
「美しい。あぁ、高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。神々しいマナがあんなにもっ! なんて綺麗な……」
「すごい……っ! あれ程綺麗なマナは見たこと無いよっ。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。水の神よ、永遠なれっ」
騎士団の面々の中には目を潤ませる者すらいる。
彼らは神無き地の、頭を鋼に食われた獣達。
こう言った芸当を見る事はマレだ。だが……。
「綺麗な事あるかっ! あれは大災害をもたらし、人々を津波で殺し尽くす魔法なのだぞっ。クライン王国が持つ最強の切り札の一つっ! 今あそこは恐らく……地獄だ」
「地獄……。ですがクラインの魔法をマッデンが使用するのですか……?」
「奴らはクライン王国の……。いや、聖地の人間はどこかしらの国の魔法技術の開発に携わっておる。当然ここならばクラインだ」
「そっ、そうでしたねっ! 奴らは王家直々に魔法開発要請を受ける身。軍事技術の開発には水の民が多数動員されているんでしたっけっ!? それではあれも、我らを攻撃する為の魔法……ですか?」
「そうだ。よもやそれをココで見るとはな。我ら軍部がこの地を押さえようとする、最たるゆえんの業を……っ」
実際彼自身も一度だが、見たことがある。
その時の絶望は……言い知れない程のものだったが。
「ふんっ。だがそんな物をこの聖地で解き放つのは気が狂っていると言えるなっ。忌々しいデブめっ! 万人単位の戦場ではまま、使われる事がある程度なのにっ」
光から目を背けたギリンガムの、その手が震える。
あの時、濁流にのまれる時にどれほどの絶望とそして……〝福音国家″と〝頭を鋼に食われた獣の国家″。
その差がどれ程深いかをその身に刻まれ、心に穿たれた男。
「ですが聖地が手に入りさえすれば、これが我が国の物に……っ」
「これでやっと諜報部にでかい顔されずに済むっ!」
兵が口々につぶやく。
彼らの国家は恵まれてはいない。
たかがヒト風情が流す血や肉。そして涙や嗚咽だけで穴埋めできる代物などではない。
圧倒的な神の寵愛不足は拭えない差なのだ。
それに抗う事を諦め、隷属する事を選んだ国家のなんと多い事か。
歴史の中心には必ず絶対、神が居る。
「忌々しい……神……めっ」
ギリンガムが必死に、その手の震えを押さえた。
唇を激しく噛みうめく。
決してこの世界では発する事が赦されない、その言葉。
その嘆きの言葉の代わりに唇から流れる血。
「ちぃ……。いらぬ事を思い出させおってっ」
神が示す愛、その偏りがもたらす悔しさと無念。
その怨嗟はたくさんの戦友の墓地に、惜別の花と共にひっそりと置いてきたのだが……。
「だがしかしマッデンめ、少数でこの魔法を起こしたとなれば必ず〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っているのは明白のはずっ! ヴィン・マイコンめ……しくじったか?」
ギリンガムは傭兵長の言葉を反芻した。
ノーティスが〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っている。
それは失言だったと今証明されていた。
「うああぁあっ!?」
「……?」
神殿を見やるギリンガム。
「おいお前たち。今何か……声がしなかったか?」
「私には何も……」
「あっ、はい。私にも聞こえましたっ!」
「全員、剣を取れっ! 水の民がどこかに居るぞっ」
「シュラザナーグっ!」
すぐさまギリンガムが戦闘態勢を取るよう指示するっ!
剣を奉じ、騎士団員が次々と戦闘態勢を取っていく。
そしてゆっくりと……中央に歩き出す騎士たち。
ビシャリ……ビシャっ。
「……」
鎮まり返る神殿内。
残雪が溶け、水びたしになりつつある。
何せこの神殿は湿度が『無限に』高いのだ。
異様なほど雪が解けるのも早かった。
「おい、この水を消せ。足元を確保せよ」
「暑い……。はいっ、ただちに……」
「暑い……か。確かに……な」
暑い……というか、汗がひどい。
聖域には何度も何度も立ち入っているギリンガムでさえ、感じたことがない程の湿気。
そして……。
「なんだ……奥からか?」
音が聞こえる。
何かの音。
その時嫌な予感がしたギリンガム。
「うっ……うむ」
だが瞬間、自分の任務とのはざまに心が揺れてしまうっ!
ドドオドドドォ!
「ビヒッ!ヒンッ!」
「にっ、逃げろっ! 逃げるんだお前た……っ!?」
ドッバァアアアアアアアアア!
目の前に広がる、絶望的な映像っ!
一瞬遅かった彼、ギリンガムの声はその黒い波に飲まれそして……っ!
ドンッ! ドガンッ!
神殿では低い音とそして悲鳴が……誰にも届かぬ悲鳴が続いた。