4章の17
「あぁ、やべ。ションベンもらしそうだレキ。止めてくれ……頼むよ」
足が震える。
汗が止まらない……。
だが、行くしかなさそうである。
そして歩く聖堂のその先、見えた王の間。
そこでは激しい剣閃が交わされており、そして……っ!
「っ!」
突然、ヴィン・マイコンの後ろに影が現れたっ!
潜伏兵だっ。
「はぁーい、残念っ!」
ヴィン・マイコンはその攻撃をあっさりと避け……あっという間に2人殺すっ!
「くぅ、ヴィン・マイコンっ。遅いではないかっ!」
「なんだよなんだよぉ、男に待ち焦がれられるなんて。おめぇコッチなの? ねぇねぇ」
ギリンガムに問うヴィン・マイコン。
聖堂はすでに乱戦状態だっ!
住民も相当数おり、かなりの水の民の本気度がうかがえた。
「そんな訳なかろうがっ、それよりアイツを……っ!」
ヒュンっ!
その瞬間氷がギリンガムを襲ったっ!
咄嗟に避けるギリンガムが唇を噛む。
「クッ……亡霊め」
「あら、そんな言い方ひどいじゃないですか?」
盾で防ぐギリンガムにそう言って……彼女が歩き出す。
「なぁお前、すっげえ聞きたいことあるんだけど……ノーティス」
ヴィン・マイコンが前に立ち塞がる女に問う。
すると女は花の髪留めを触りながら、ヴィン・マイコンに笑いかけた。
「なんです?」
彼女はヴィン・マイコンと相対して、立ち止まる。
ぱらり……っと、美しい銀の髪が揺れて輝いた。
「胸が小せぇのはサラシ巻いてるからだよな? まさか実際はオッパイが小さいとか言うなよマジでっ! 俺はお前の顔とかどうでも良いくらいお前の胸だけが好きだったんだよっ!!」
「殺すっ!」
雰囲気もクソも無い火ぶたの落とし方。
ヴィン・マイコンらしい開戦合図であるっ!
地を蹴る傭兵長。
「クッ気をつけろ、ヴィン・マイコンっ! コイツ……やるぞっ」
「分かってるよオッサンっ!」
「オッサンではないと言っておろうがーっ!」
叫ぶギリンガムを無視してヴィン・マイコンが駆けていくっ!
するとノーティスは用意していた魔法を解き放つ。
「〝フレア・スキャッター(炎熱拡爆)〟っ!」
ノーティスの放ったのは……焔っ!
火の魔法で迎撃してきた。
「なにっ!? 炎だとっ!?」
炎特有の広範囲を焼き尽くす攻撃っ!
それにギリンガムが驚き、とっさに大きくその場を避けるっ!
だが……。
ガスンッ!
ヴィン・マイコンが眉根一つ動かさずその炎を避け、ノーティスの胸部を打ち抜いたっ!
「ぐはっ!?」
ノーティスが大きく後ろに飛び、嗚咽を漏らして膝を屈してしまう。
「お前どうやって水の聖域で焔なんてもんを使ってんのか知らねえが……俺には効かねえな、その程度じゃ。へへーへっ」
「ぐぅ……」
破れた衣服の残骸に目をやり、ヨダレと少しの胃液を垂らしながらノーティスがヴィン・マイコンを睨みつけるっ!
「ノーティス貴様どうなっているっ!? ココは聖域っ! 水のマナしか使えない場所のハズっ。なぜお前、炎が……っ!? 神の御業が……なぜお前のような小娘にっ!?」
ギリンガムが驚きのあまり、詰め寄ろうかという程に声を荒げたっ!
「ふふっ、それは秘密ですよ。まぁ女には……ふふっ。秘密が多いんです」
笑いながら銀の髪を手でほぐし、ノーティスが立ち上がる……ものの、心中は穏やかではない。
(〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″、この意表を突いた攻撃でカスリもしないなんてっ!? でもなんとか奴の能力を解明しないと恐らく勝ち目がない。チャンスを生み出すには……少しでも考えないとっ!)
ノーティスの中で視界の男と、それにまつわる記憶がグルグルと回る。
(そう言えばなぜこの男は今、そこかしこに傷があるの……。相手はゴディン……かしら。でもそう言えばジキムートもこの男に拳を当てていた。どういう事かしら? もしかして物理的な何かには弱い……?)
パンをめぐる攻防で、ジキムートは拳を当てていた。滅多に当たるはずない攻撃を……だ。
「今必死に、俺の栄光のアザナの出どころについて考え中って感じだな? でも早く俺の神がかった能力を分析しないとお前、素っ裸になるぜ?」
「構いませんよ……ふふっ。それが戦場でしょう?」
「良いね、その気概。そんでもってぇ、良い乳の谷間だ」
ヴィン・マイコンが笑う。
恐らくこの男は慣れている。
こういった自分と対峙する人間、対峙しなくてはならない人間。それが一体何を考えて、どう感じるか。そして……。
「どういう絶望がお前を襲うのか、楽しみだぜぇ」
舌なめずりするヴィン・マイコンっ!
「私も加勢をしたい所だが、住民共を先に片付けさせてくれっ。悪いがお前への手助けは後になる、ヴィン・マイコンっ!」
「仲間を助ける為……か、馬鹿真面目なオッサンだぜ全く。……いや、俺ら傭兵がイカれてるだけかね?」
神殿内全体の戦況はかなり、騎士団が押されていると言って差し支えなかった。
仲間の事を考えれば、ギリンガムがノーティスから手を引きたがるのも無理はない。
……傭兵と違って。
「あぁ良いぜ。ちゃちゃっと騎士団のケツもってこい、ギリンガムっ!」
ヴィン・マイコンの返答を聞き、ギリンガムがその場を離れていくっ!
その姿に見向きもせず手を振る傭兵隊長。
「さてさて~ノーティスよぉ、お前一体何モンだ? その『色』、その顔……」
「……ふぅふぅ。私はただの、ヴィエッタ様の差し向けた女……ですよ」
「そうかよ……そうか。だがきっちり死んだって、あのジキムートが言ってたぜ?」
「あの詐欺師のペテンにかけられたんですよ、どうせ。ほら、私はピンピンしています」
笑うノーティス。
「まぁそうかもな。ただ……よぉ、お前のその胸、超気になるんだよなぁ」
「この胸? あぁ……勝てれば好きにすれば良いですよ。好きなだけ犯してもらって結構です。ただ、情報を引き出すのは無理だと思いますが」
「そゆんじゃ……ねぇんだよ……なぁ」
そう、彼にはしっかりと見えている。
その胸……いや、斬り裂かれた胸部から何か、とてつもなく〝ヤバい物″があふれだしていることを。
「見た事あるんだよ、それ。どこだったかねぇ?」
頭をかくヴィン・マイコン。
すると……胸の谷間を見せつけるようにノーティスが、ヴィン・マイコンをに向けて上半身を屈ませる。
「そう言えばヴィン・マイコン。あなたの相方、副長のレキが居ないらしいですねぇ。あの後、洞窟から出て来れてないそうで、うふふっ。ですがそれは当然です、私達が確保したのですから。今水の民の連中に遊ばれ、性のおもちゃになってますよ」
「……」
食い入りながらノーティスの胸を見やるヴィン・マイコン。
「見せてあげたかった~、あなたにも。胸も穴も知らない男に汚されて、アンアン泣き叫びながら……あなたの名前を呼ぶ彼女を。お可哀そうに~」
邪悪に微笑みながらノーティスは……何かを投げるっ!
ヒュンっ!
「……。舐めやがって」
ヴィン・マイコンの目のすぐ先、額から数センチ前。
透明で見えない針のような物が迫っていたっ!
かんっ!からら……。
ヴィン・マイコンが顔色一つ変えず胸を見続ける。
針は後ろでカツンと虚しい音を立て、地面に転がるだけだった。
「あれが当たらない……っ!?」
(どうやって奴は見えなかったハズの針を捉えていたっ!? 魔法の耐性だと、ゴディンに勝ったと聞かされた時思いましたが……。そう……。そうじゃない。だってここは聖域。むしろはっきりしたといえます。)
汗を流しノーティスは、そこいらに転がっているだろう針を見やる。
それは特注で創られた物で、ガラスのように透明な物だ。
魔力は一切使われていない。
「クッ、次だっ! 風よ止まれ我が手に集え~。君が自由なり。そして我らの束縛をあざ笑い、飛んでいけーっ! 〝ウィンド・ワンダラスト(風の狂騒演武)″」
魔法を解き放つノーティスっ!
それは非常にいい加減で、読みづらい動きをすると悪評高い風の魔法。
「はいっはいっ……うぉっ!?」
その魔法の攻撃をけんけんパっ、と避けようとした瞬間……ヴィン・マイコンの体勢が崩れたっ!
その瞬間ノーティスが小刀を持った手に力をこめるっ!
「……っ!」
が……・すぐに引いてしまう。
「あぁ、期待させちゃったかな? 残念でした~」
笑うヴィン・マイコン。
敵の心をくすぐるのが上手いのが良く分かるその、ヴィン・マイコンの動き。
今ので走り込めば恐らく、四肢の1つを失っていただろう。
「ふふっ、いちいちシャクに障る男ですね。だがあれがなぜ避けれるんだ奴は」
銀の髪を撫でながら、必死に
(風の神ですよ……。あの適当で名高い第六感と無法を司るとかいう、非常にいけすかない神の一柱。その魔法を撃った私も適当に狙ったのにあの男、どうやって軌道を……っ!?)
この世界の魔法の風は、とても気まぐれで有名である。
その神のマナを使った魔法もまた、しかり。
これを更に適当に撃てば、操者ですらどうなるか分からないような魔術だった。
それをいとも簡単に避けるという『理屈』が分からないノーティス。
「ふんっ、そろそろ胸も見飽きたし……行くかっ!」
言葉と同時、ヴィン・マイコンは駆けだしたっ!
「くっ!?」
ノーティスは後ろに下がりながら、防御魔法を展開っ!
「うらうらぁっ!」
あっという間にヴィン・マイコンが目前に到達。
怒涛に剣を振るうっ!
「チッ……攻撃もやはり鋭いじゃないかっ!? だが私の魔力を舐めるなーーっ!」
ノーティスが必死に大地の盾を作り上げ、防御に徹している。
その堅牢な、4柱の中で最も堅牢な盾だが、そこに穿たれるヴィン・マイコンの攻撃は鋭くそして何より、いやらしい。
バガっ!
「何っ!?」
あっという間に土の盾がマナの結合をもてあそばれ……崩壊するっ!
「へぇ、今度は氷か。だがっ!」
バキッ!
「エッ!?」
あっさりと数秒でその氷の盾も砕かれたっ!
「くそっ!」
次々と壊れる魔法盾っ!
矢継ぎ早な斬撃に対応するのに一閃一閃、ノーティスは右往左往せざるを得ないっ!
(なぜだっ!? 私の魔力ならばこの男の攻撃を防ぐのに、そう難しいはずがないんですよっ!? 何がおかしいと言うんだこの男っ!?)
(分析中って感じだな。だが、させねえぞっ!)
ヴィン・マイコンはノーティスの考えを読み取り、風の盾を展開しようとしたのを〝察知〟し瞬間っ!
ザリィっ!
「……ってぇ」
傭兵長は自分が削られる事を覚悟の上っ! その風の盾を素手で掴んだっ!
指に裂傷を負ったその傷から血が舞い、そして……っ!
バキッ!
「ぶ……ふっ!?」
盾を超えたと同時に放たれる、ヴィン・マイコンの蹴りっ!
それがノーティスの顔面を捉えたっ!
アゴを蹴られ、回転しながら飛んでいくノーティスっ!
……するとっ!
「もらったぞっ!」
それを待っていたギリンガムっ!
彼はノーティスの軌道を追い、剣を振り下ろそうとしているっ!
「ぐはっ!?」
ノーティスは必死に体を立て直そうとするが……それに及ばずっ!
「どおおーーっ、りゃっ!」
ヒュンっ!
「クッ!?」
とっさに地面に手を突き、自分を弾き飛ばしたノーティスっ!
勢いそのままに、まるでビリヤードみたいに軌道が読めない乱雑さで柱に壁にっ! そして地面にとっ! 激突してしまったっ。
ドタっ!
「ぐぬ……っ!」
血でべっとり……と地面との間に赤い膜を作り出すノーティス。
それでも膝をガクガクと震えさせてもなんとか立ち上がった。
だがそのダメージはかなり大きいようだ。
「ギリンガム、お前もう良いのかよ?」
「いや……。だが所詮住民だ。隊列さえ整えれれば元々、我ら13連隊の敵ではないよ」
ヴィン・マイコンが来た時から戦況は劇的に変化、騎士団に良好な方へと傾いていた。
騎士団長が統率を取り、ヴィン・マイコンが戦闘のプロであるノーティスを押さえ込めば、あとはおのずと自力と練度の差が出る。
水の民は一気に好機をかっさらわれ、戦況をひっくり返されてしまっていた。
「く……そ。ペッ。ここまでモロイとはね。それにヴィン・マイコンが予想以上過ぎます。なぜ私の魔法の盾があんなに簡単に……。クッ! 第3階級の魔力は伊達ではないというのにっ」
血が充満する口の中から唾を吐き、歯痒そうに唇を噛むノーティスっ!
せっかくの美人の顔。そのアゴに大きく傷が入ってしまっていた。
だがそれ以上に深刻なのは、ヴィン・マイコンの〝力″だ。
それは訳の分からない強さ。
(アイツの秘密を解いた者がいないと言う話も納得してしまうわ。だが兄(あに)様の為に私が必ず、絶対に奴を討ち取らなければならないっ!)
「……。引く気なしって感じだなノーティス。お前が何をしたいのかは知んないが、大事な事を一つ、忘れてるぜ?」
「……忘れている事?」
「今の俺は……そう。今までになく少しキテるんだぜぇ? それ、分かってんのかよ? レキが居なくて不安な僕ちゃんの……怒りのはけ口になって見るかっ! おぅっ!?」
狼の眼がノーティスを捉えるっ!
「……」
ゾクゾクゾクっ!
寒気が一気に体を走ったっ!
ノーティスの体に冷たい水分が噴き出し、汗が止まらなくなる。
恐怖に足は震え、言葉を出すのが怖くなってしまうノーティス……。
伝説の傭兵の彼は異圧力も段違いだ。
だが……。
「へぇ……そうですかぁ。まぁでは一度くらいは、はけ口になってみましょうか、ねぇ? さみしがり屋の僕ちゃん。お姉さんが相手しましょう。ふふっ。でもあなたのその寂しがり屋の息子さんは、私を満足されるのかな?」
笑うノーティスが前かがみになり、大きく豊満なその胸をだゆん……とわざとヴィン・マイコンにチラつかせた。
「まだ何かあんなアイツ……。面倒な奴だぜ……。さっさと片付けてえってのに……ふ~~ぅ」
ノーティスを睨むヴィン・マイコン。
冷静になろうと力んだコブシをあえて離した。
すると……。
「水の民よっ、作戦通りに行きますっ!」
ノーティスが大声で叫ぶと、水の民と彼女が何か呪文を唱え始めたっ!
「なっ、なんだっ!?」
「これは……この〝色″はマジィぞっ!? こんな所で本気かよっ」
ヴィン・マイコンの顔に初めて焦りの色が浮かぶっ!
すると……あっという間に『白』が世界を塗り替え、視界が遮られていった。