1章 エピローグ
「ふぅ、良かったわ。きれいに消えて」
安堵の息をはき出し、ローラに後ろのホックを上げてもらう、ヴィエッタ。
彼女は今、純白のドレスに身を包んでいる。
ドレスは恐ろしい量のフリル。
胸元にも耳にも、ハイセンスなジュエリー。
そして中央には、誰もがうらやむ美貌とそして、儚さを備えた美少女が立つ。
所詮どこまで行っても服は、彼女の奴隷でしかないのである。
「ええ……。お美しいです。お嬢様」
ローラが黒い髪を揺らし、ヴィエッタの美しい姿に心酔した様子で、深く会釈した。
美しいバイオリンの音が、ここまで響いて届く。
舞踏会の饗宴が聞こえてくる、その部屋。
「あらっ……。うふふ。あなたもじゃない」
笑いながらヴィエッタが、ゆっくりとローラの股間に手を忍ばせていく。
ローラはあの――。
地味というよりは、奴隷に近いような、ツナギの恰好ではない。
いっぱしのドレス。
美しい緑のドレスに、身をゆだねていた。
ヴィエッタには遥か及びはしないが、庶民とはいえそれは相応なりに、見栄えがする黒の女。
「んふっ……。よく頑張ったわね。炎の中」
唇を合わせる2人。
ぴちゅっぴちゅっと、舌を絡ませあう音が響く。
ゆっくりと、2人が体を揺さぶっていく。
「あなたこそ。私はあなたの為なら……。炎の中でも怖くない」
あの時、本当に燃えていたのは彼女、ローラだけだった。
「あの女が用意をした、あなたの身代わり、ね。うまく使えたわ」
曲に合わせて、2人は踊り始めた。
勝利の踊りを……。
黒と白が交わり、そして、愛し合う。
「ええ……。レナは、あなたとシャルドネを殺したその後、大勢の前で私を討ち取って見せる。そうやってただ1人、生き残る予定でしたから」
ローラはレナの台本通りならば。
討ち取られるその時、事前にレナが用意した死体と、入れ替わる予定だったわけだ。
その、レナが用意した死体を利用して、ヴィエッタが時間を稼いでいた。
「まぁ、私が部屋から抜け出す為には、炎に巻かれる必要があったけれど、ね。あなたの能力は本物ですもの、心配はなかったわ」
ローラは、ある程度燃えたら炎の中で瞬間移動し、ヴィエッタを逃す。
そして自分は、瞬間移動ですぐに戻る。
それと同時にローラは、ヴィエッタのフリをしながら、自分の代役は死体とすり替えていた。
「ふふっ。私の呪いは間違いありません。何せ、私が勝ち取った〝希望″ですから」
優雅な晩餐会には似つかわしくない、ボロボロの、自分のサンダルのような靴を見て、笑うローラ。
「後は、私がお父様とあの女を殺すだけ……。ふふ。私に呼ばれた時の、お父様の顔ったら……。イヒヒっ」
笑うヴィエッタ。
それは見てはいけない。
男が決して、絶対に。
死ぬまで知ってはならない、女の顔だ。
「ああっ、お美しい。マイマスター」
ローラは、自分の下半身の下着が湿っぽく、そしてやがて、ぐっしょりと液に濡れるのを感じた。
「しかしお父様ったら……。あの裏道の入り口付近から動けず、予想よりだいぶ前に居たせいで、逆に手間になりましたわ。まぁレナは、ね。どうなったかすぐに、気づいたみたいだけども。ふふっ」
ヴィエッタはみだらに腰を振り、ワルツをローラと踊る。
炎で焼かれたブラウンの髪はもう、風と共に舞いはしない。
「でも、少しだけ惜しかったわ、あの女を殺すのは。レナったら、最後にとどめを刺すのが惜しくなる程に、あぁ……。面白い顔をしていたのよ? ふふっ」
「それならこちらも、なかなかですよお嬢様。私はあなたが『事』を終えるまで、死んだふり。あとは、見ないでとか、触るなだとか。大暴れっ。クククッ、そう言われた時の騎士団どもの、間抜けな顔もなかなか、趣深かったのですよ。えぇ」
罪悪感。
全身ヤケドの少女を目の前に、騎士団の男たちは、自分の無能さを噛み締めただろう事は、想像に難くない。
「ふふっ。まぁ、お互い楽しめたなら、良いじゃない?」
「えぇ。ふふっ」
2人は笑う。
すると……。
「ところでマイマスター。お聞きしたいのですが」
「何かしら?」
上を見上げるヴィエッタ。
背丈はかなり、ローラの方が大きい。
はた目から見ると、『マイマスター』と言う言葉は少しだけ、奇異に見えるだろう。
「なぜあの傭兵を、ジーガで殺さなかったので? 決闘試合の前。わざわざあの男に、ジーガの弱点を教えず、ジーガに殺させればよかったのでは?」
「その話は簡単よ。どうせ〝あの男″に通じているなら、ジーガの弱点位は知っているでしょうからね。わたしくしが知らない、勝手な方法でジーガが壊されると、後の処理が面倒になるもの」
「なるほど。実際あの男は、強化型のジーガですら、追い込んで見せました。お嬢様の目算は当たっていたようです。さすがは我が主」
「まぁ、あの傭兵は、〝あの男″の影がなくとも要注意ですけれども、ね」
「えぇ。結局は、奴の出自は解決しませんでした」
彼女らはあの夜、傭兵から真実――。
異世界から来たという事実は、聞き出す事はできないでいた。
あの傭兵は何をもたらすのか。
彼女らは分かってはいない。
「まぁ今は、考えても仕方ないわね。それで、入れ替わった時の事も、聞こうかしら? 問題ないわね? 頃合いになったらわたくしが、メイドのフリをして救護しつつ、入れ替わる。その時に気づいた者は?」
「居ないかと。それとなく、使用人共の様子を伺いました。ですが誰しもパニックで、顔も定かではなかったようです」
事実、ローラは本当に、きつい火傷を負ったのだ。
苦しみの声はリアルで、悲惨だった。
「黒焦げの女をマジマジと見る人間は、居ないですよ」
例え〝ブルーブラッド(蒼白い生き血)″があると分かっていても、業火を耐える覚悟。
それに至るまでには相応の、呪い染みた物。
深く心に穿たれた、支え。それが必要だろう。
「そうね。ただ、解決していない大きな問題が、まだあるわ。ほら……」
ヴィエッタがやおら、ローラの首筋に強く吸い付いたっ!
そして、なまめかしく指を這わせ、ローラの下半身の下着の中へと、手を差し入れるヴィエッタ。
目的地につくやいなや、激しく指を暴れさせるっ!
「んあぁっ!?」
「ふふっ。大丈夫かしら、あなたの傷は。わたくしが操る、あなたの体は」
「大丈夫……ですっ。んっ……んぅっ。私は任務を続けていけます。あなたは今も、私の中で……あぁっ」
自分の首元に触る、滑らかでそして、淫らな動きをする舌。
最愛のマスターの愛撫に心奪われながら、ローラがつぶやく。
まだローラのほうは、ヤケドが残っていた。
だが、後悔はない顔だ。
トントンッ。
「はい」
「舞踏会の準備が整いました。いつでも好きな時に、お越しくださいませ。もし、エスコートがお入り用でしたら……」
「ええっ、分かりましたわっ! すぐに行きます」
「大変失礼いたしました。では、お待ちしております、レディ・ヴィエッタ」
なにがしかが、舞踏会に呼びに来たようだった。
「この続きは、ロベルト・ヘングマンとの〝会談″が終わったら、ね。どうせ、たいした男じゃないでしょうから……。ふふっ」
彼女は、ローラに微笑みを与えると一人、舞踏会へと足を踏み絵入れる。
ニヴラドの、名実ともに〝王″として。
「お待ちしております。マイマスター」
ローラは深く、彼女の最も敬愛する王へ、頭を下げた。