4章の11
「チッ、だったら……そうだ。お前ら自身、トゥールースが神託に関して嘘をついたらどうすんだよっ!」
「不答。水の戒律へと抵触した」
「な……に……っ!? どういうこったっ!? 嘘の神託が認められ……。そんな馬鹿なっ!?」
そのゴディンの無表情に、今までにない不快感をあらわにするヴィン・マイコンっ!
更にゴディンに向かって叫ぶ。
「じゃあ今俺らが勝手に、聖地を占拠してるのは神はどう思ってんだっ!」
「特に何も」
……。
「エッ!? なっ、くそっ!?」
ざすすっ!
「特に何もだとっ!? どう言うこったっ? 聖地なんだろが、ココはっ」
一瞬気が緩んで避けそびれた氷に足を裂かれ、痛みに耐えながらも怒鳴り散らすヴィン・マイコン。
「一つ問おう、ヴィン・マイコン。お前が持つ剣は、神を傷つける為にあるのか?」
「……いや、そういう訳じゃねえけど。だがお前ら水の民の仕事を俺らは邪魔してんだろっ! 今だってっ!? そういやなんでお前今も〝神威(カムイ)″って……」
「それはこの姿になった時点でしょうがないと言える。人型である以上はすれ違い、傷つけあう物。それに対して神は何もおっしゃられない。それにもうすでに遅いとも……。だからお前は去るべきなのだ」
「遅い……? なんだ遅いって……っ!? だがこの神殿は神がいるんだろうっ!? 水の民は今もその為に死んでいってんだぜ、神様のためにっ。人間もそうだっ! 全部神の為にやってんだっ! どっちかが不快とかでも良いっ。どうも思わねえのかっ!」
「……」
「答えねえってのかよっ!」
答えない原初体に食らいつくヴィン・マイコンっ!
原初体には防御という発想があまりないようで、必死にゴディンに掴みかかろうとしている。
何かを期待して探しているヴィン・マイコン。それは戦いの為なのか、それとも……。
「クソっ! だったら……そう。そうなら俺の能力についてどう思うっ! 俺のこのへんてこな能力の感想を今、神様に聞いてくれよっ!」
「……。神はこうおっしゃった。それは〝可能性″だと」
……。
「嘘……だよな? 治し方はあんだよなっ!?」
……。
「ヴィン・マイコン……。諦めるという意思は存在しない。神は祝福なされている。生き続けよ」
何か、その原初体の言葉に気づくヴィン・マイコン。
その顔はとても……哀し気だ。
「はぁ……はぁ。マジかよ」
叫び疲れたのだろう。
ヴィン・マイコンがうつむき、ぼそりと独り言ちた。
「くくっ、そういう事……か。水の神の神託なんぞ嘘っぱちの詐欺なんだなっ!? 応えるつもりねえんだ神様はっ! それが答えかっ! お前らはダヌディナは応えないって知ってて、神託らしい言葉を告げろって命令されてんだろがっ!?」
泣き叫ぶようにヴィン・マイコンは声を荒げているっ!
その言葉に騎士団が目を丸くし、動揺していた。
「……」
原初体はその言葉に応えない。無表情である。
「はぁ……はぁっ! だったら最後だっ! お前ら自身の神託は告げられるのかよっ!」
「私達トゥールースに関する神託は、必要か?」
「?」
「……」
訳の分からないと言った顔のヴィン・マイコンに、動かない原初の民の表情。
その表情には虚無が広がる。
「へへへっ、なるほど、ね。もう良いぜお前。だったら……ゴディンだ。ゴディンを出せ……」
突如剣を拾って戦闘モードに入るヴィン・マイコンっ!
「ゴディーーンっ! 今から神がいらねえっつったお前を、俺様が切りきざんでやんよゴディンっ!」
傭兵長がゴディンを呼び、攻撃を仕掛けていくっ!
だが……っ。
「神は予言は続くとおっしゃった」
ザスッ!
その瞬間……ヴィン・マイコンに氷が突き刺さったっ!
「ぐぁ……あっ!?」
左肩に大きな大きな氷が突き刺さるっ!
痛みを滅多に受けること無いヴィン・マイコンには衝撃的な事態だ。
「人よ聞け。我ら水の民が……示唆された局面においてお声を。必ずお声が……うぅ」
「ダヌディナめぇ……くぅ。そう言う事かよ……。やっぱ女って事かくそっ」
言葉の後倒れ伏した原初体に向かって、ヴィン・マイコンが苦々しい顔をする。
人が人を理解できないならばきっと、人が神を理解する事なぞ……。
それが女神ならばなおの事……。
「はぁ……はぁっ!? 私で遊ぶんじゃないぞ、この下民がっ!」
「ゴディン……。へへっ、何言ってんだこのクソがっ。原初体になっても役立たねえゴミの癖しやがって……。何も……。お前ら自身もダヌディナの事分かってねえって事じゃねえか……」
いや、ただ単純な事が分かったことがあるだろう。それは――。
「はー……はー。じゃあお前を殺すのも……。神にとってどうでも良い、トゥールースのガキ一匹処分するのも、自由だって事だよなぁ? そうだろ、ゴディン」
ヴィン・マイコンが息を切らせながら腕を押さえ、ゴディンを睨む。
「あぁ……くぅ、ふふっ。それがどうした下民っ! それでも私達が神に選ばれた存在である事は全く揺るぎない事実っ! それにお前たちは結局、神のお言葉を聞けない劣等種である事実からも逃げられないっ」
2人の言う事は事実。
ただただ、虚しい殺戮理由を……他人を嫌う理由を見つけただけ。
神の前にあって、そして平等。
「お前を殺しても心が痛まずに済むって話よ」
「お前が……か? ふひひっ! 神に敬意があるようには見えない下賤のお前にっ!? そんな殊勝な考えがあるとでも言うのかっ! くくくっ、笑わすな……ゴミが」
「どうだか……ねぇ」
ヴィン・マイコンとゴディンが睨みあう。
そして……。剣と魔法が交差していくっ!
「クッ……なかなかどうしてぇ、やるじゃねえかゴミン君よぉ。神様の影にへばりつくだけのクソの癖に、気合が入ってるじゃねえかっ!」
「下賤がっ! 神を冒涜する事しか知らぬ人間如きがっ。それがなぜマナに愛された私……。そう、次期〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″である我の魔法を避けるなどという芸当ができるっ!」
ほぼ互角。
ゴディンが魔法を外せば、ヴィン・マイコンが反撃し……魔力の障壁に弾かれる。
「そりゃてめえが知らねえ話がいっぱいこの世界にはあるからさっ! こんな穴ぐらに籠ってるだけの奴に、俺とレキがしてきた旅の重みが超えられるかよーっっ」
「下らないっ! 私達は神が望んだ人間たる姿を得たのだっ! お前との差は神の愛の重さだけのはずっ。重みだとっ!? そんな不条理などあってたまるかーーっ!」
ヴィン・マイコンが攻撃すればゴディンが後ろに下がりまた、無限の魔力を振う。
永遠と続く輪舞。
神が愛した者と、神を愛した者。
その両者がただただ傲慢に自分の命の重みを語り、そして人生の価値を証明する為だけに命のやり取りを続ける。
その輝きは恐らく……平等。しかしその時っ!
「っ!?」
「うらぁっ!」
グシャっ……アァァっ!
トサッ……。
ゴディンの右の腕を見事、ヴィン・マイコンが飛ばして見せたっ!
だくだくと神の使徒の血が大地を濡らす。
「やったぞっ! 今だヴィン・マイコンっ!」
周りがすぐにヴィン・マイコンの勝利を期待するが、だが……。
「どっ……どうした」
「動かな……い?」
ゴディンが、動かない。
痛みの感覚が激しい筈。
それなのにボーっと何かに……神殿に向かって傾聴している。
「……」
だがそれはヴィン・マイコンも同じ。
その目は神殿内から決して、微動だに視線を離さない。
それはトランス状態と言えた。
神々しさすら感じさせる無我の境地。
だが……その表情がだんだんと変わりゆくと……瞬間っ!
「……はぁはぁっ!? ああああっ!? まずいっ、まずいぞっ。逃げろ、逃げなきゃっ。私たちが、私達すらもうーーーっ!?」
発狂しゴディンが逃げ出したっ!
「……っ!?」
「……」
その場に居た全員がゴディンの様子に動揺してしまうっ!
そしてその尋常ではない神の使徒の背中を見送っていた。
「えぇ……となんだ、あれは。うん? 神様の神殿の前であのような失礼な……。逃げろ……だって?」
顔を見合わせる水の住民達。
「あんな血相変えて……。神託ではないんだよな? いや……よもやっ」
……。
「おいっコレ、まずいんじゃねえのかっ!? こんな所に居て俺ら大丈夫かよっ」
「いっいやっ! すぐに逃げろっ! 逃げるんだよっ!」
「どこにだよっ!?」
水の民が何かに気づいたように動揺し……一人、また一人と逃げだしていくっ!
「これは……。敵は引いたのか? だっ、だったら加勢にっ。隊長の加勢に行かなきゃ……なぁ?」
逃げて行く敵に呆気にとられながら、同僚に聞く騎士。
「エッ、おっおぉ。そうだ……な。この中に……入るんだよ、な? あぁ……」
騎士団員達はおぞおずと話し合う。
だが……結論がとうに分かっている。だがそれでも足が進まない。
その目の前にたたずむ、巨大で荘厳な神殿。
そして騎士団の耳に強く残るあのゴディンの警告。
「水の民が……神殿から逃げろだって?何が一体、起こるって言うんだ……」
神と魔など紙一重。
自分を小指で殺せる存在をどう呼ぶかなんて……その時次第である。
「お座りっ!」
声が響く。
静寂を破る一声と共に男が一人、歩き出した。
「お前らはココを動くなって、飼い主に言われてんだろうが。はいお手、そんでもってほれ……マンマン」
適当な女性魔法士(美人)の胸を揉みしだき、陰部に手を差し入れるっ!
「きゃっ!? いあーーーーーーっ!」
叫ぶ女の声っ!
笑いながらヴィン・マイコンが魔法……と呼べるのか?
女から飛んでくるマナの咆哮を避けて、そして。
「じゃなっ」
神殿にあっさりと消えていった。
「あぁ……マジかよ」
「キチガイだ……」
騎士団達が口々に囁く。
傭兵王の彼には、恐怖は無いのだろうか? いや……。
「これはまずいぜレキ……。無事なら逃げろ、逃げてくれ。お前だけでも……よ」
脂汗を垂らしヴィン・マイコンが口ごもる。
彼の〝能力″が今、この神殿の異様な胎動を映し出していた。
これを口にしたところで誰も分らないだろう……レキ以外は。
彼の眼が今彼に、危険を囁き続けているのだ。