3章の9
「はいは~い。立ち止まると危ないですよぉ。私みたいな悪い傭兵が、あなた達を狙ってますから……ねぇ」
ジキムートとローラが足止めした住人を、ノーティスが確実にしとめていく。
小さめのその肢体を寝そべらせ、住民から見つからない場所できっちりと仕事をこなしている彼女。
行くも傭兵、帰るも傭兵。八方ふさがりの地獄。
「くっ……。おっ、俺は……。えと、そうだっ! 俺はあの女にするっ!」
そして地獄の戦場にたたずむ、一人の女神。
「うへっ、これはすんごい美人じゃねえかっ! これなら殺されても……っ」
ガスッ!
「はぁぁあっ!」
まるで太極拳のように、レキがポーズを決めながら殴り倒していく。
「おっ、俺もこの姉ちゃんで……っ!?」
その様子は、荒み切った戦場では、女神そのものだ。
ガスっ、ゲス、バキッ!
レキが次々と、住民を薙ぎ払っていくっ!
強い。
確かに強いっ!
「おっおぉ、俺もあっち行ってくるわ」
だがローラとジキムート、そしてノーティス。
これに比べれば屁でもなかった。
心身にかかる負担が段違いだと断言できる。
その場に居た残りの30人。
それが一斉に、雪崩を打ってレキに殺到し始めた――が。
「よし、これくらいかな? 砕術一式」
カカっカっっ!
「爆っ!」
ドンッ! ドッドォォオオ!
上がる爆炎。
「ぐあああっ!? 足が……足がーーーっ!?」
「がぁああ!? うっ……腕がぁっ! 俺の腕がねえっ!?」
響く悲鳴。
「大方、片付いたね」
眼鏡をクイっと上げ、笑う女傭兵。
威力の高い爆発のたった一撃で、一気に半分を薙ぎ払ってみせたレキ。
サラリっとなびく、薄い赤髪を整えた。
「ああ、多分な。しっかしすげえ威力だな、お前。詠唱なしでそれはさすがにヤベエぜ」
「そうだろそうだろうっ!? やっと勇者の僕のすごさを分かってくれたかぁっ!? 嬉しいよジキムートっ!」
レキが眼鏡をクイっと上げ、満面の笑みで笑う女傭兵――の足元。
そこでは住民が苦しみもがき、声が響いている。
「僕はよく、ヴィン・マイコンと言う名前に押されて、有象無象が逃げてくるのを刈ってたからねぇ。得意なんだ、こういうの。この特注ナイフもタダじゃない。節約しないとねっ」
最初彼女は当然、手を抜き戦っていた。
しとやかそうに見せ、自分に殺到するように仕向けたのだ。
その甲斐あって、自分達みずからで集合してくれた弱者を、大火力で一気にしとめる事に成功。
それが彼女のスタイル。
笑ってレキは、吹き飛んだ住民を見る。
「ほんと……。ふふっ。男って簡単だよねぇ」
それは紛れもない女の、男を騙すしたたかなメスの顔。
決して間違ってはいけない。
歴戦の女に、〝まともな者〟など望んではいけないのだと、思い知らされる眼。
「全て殺しておけよっ、お前達。〝ブルーブラッド(蒼白な生き血)″を持ってたらやっかいだ」
「分かってるよ」
そう言って、助けを求める者や、家族の名を叫ぶ者。
神にすがる者。
そういったゴミを、確実にしとめていく傭兵達。
総勢50程度の有象無象では、戦闘のプロ4人の相手にもならなかった。
「さて、次が来るな」
ローラが先を見やる。
かなり遠くにまた、火の揺らめきが見えていた。
「あらら。あれは……、嫌な予感がしますね」
「少年兵、か。ちらほら見える大人は監督役だな。ふん、なかなか良い趣味してるぜ、神の使徒様も」
「下手な大人より、責任感が強いから……ね。困ったな」
「なんだお前、子供好きか?」
頭をかき、眼鏡を上げたレキに、迷わずナイフを抜いたローラが聞く。
「あぁ。僕は子供は好きだよ。かなり好き。お守りとかなんか、良いじゃない? 可愛らしい」
「なっ、レキめっ!? ……いやいやっ。私はもっと、この女よりもっと子供好きですよっ! ほら……なんていうんです? この、オデコを撫でまわす感じ……とか」
ノーティスが何か、必死にレキに食らいつくっ!
ちなみに剣は、見えた瞬間にバッチリ、抜いていた。
「何を張り合っている。あほか」
「なっ、この女が色々卑怯だからっ。少し私も良い所を、乙女な所を見せようと思っただけですよっ!」
銀髪を振り乱し、元も子もない言葉で抗議するノーティス。
「それをアホと言ったのだ」
「俺わぁ、子供をぉ、作るのがぁ、だーい好きだぞっ!」
……。
沈黙。
下賤な〝ムードブレイカー(自己中)″に、女たちが言葉を失う。
「このゴリラを野生に放してやれ。メスゴリラにはモテるだろ。それ……」
「ふっ!」
その瞬間だった。
疾風迅雷、ジキムートが駆けたっ!
「……」
全員が驚くその速さ。
そして……。
「ウウウッキャアアッ!」
「わわわっ!?」
奇怪な唸り声をあげて襲い来る大人を、子供がビビらないはずがなかった。
「ウラァァっ!」
ゴスッ!
「ぐべっ!?」
膝一閃っ!
まともに腹に入った子供がふっとび、白目をむいて気を失う。
ガスッ! ガっ! グキっ!
「ゲガッ!?」
ハガネでできた剣の柄で、頬骨をへし折られたことがあるだろうか?
「うあぁあっ!?」
もしくは髪を掴んで、思いっきり10メートル投げ捨てられたことは?
「ごぉっ!?」
それとも、推定75センチの太もも。それから繰り出される蹴りを100パーセント、コメカミに受けたことは?
ジキムートが無言で次々と、これらを実行していく。
「ガッ! はっっ!? はっ……っ!? はぁぁっ……ぁあ」
子供がとんでもない目をして、おなかを押え、空気を必死に探してうずくまる。
他もそうだ。
とてもじゃないが、立ち上がれる様子はない。
次々と子共達は倒れ、もがき苦しむ。
「お前らっ、下がるなっ! 前を向けっ。欠陥品ど……」
ガシャンっ。
ヒュンッ!
「ぐぇっ!?」
「ひっ、ひぃぃっ!?」
ガシャンガシャンっ!
次々に自分のウロコからナイフの供給を受け、それを放つジキムート。
彼は子供をしとめながらも、後ろにいる大人に向けて、適当にナイフを投げ続けている。
「くっ、くそっ! なんて弾幕だっ。おい、お前達。そいつをしっかり抑えろと命令しただろがっ。この欠陥品の〝インフェリオ(幼生天使)″共めっ!」
「やんのかガキども。俺らを舐めんじゃねえぞっ! 動くんじゃねえ、このクソゴミ共がっ。てめぇらには無理だ。諦めろやっ! かぁ……ペッ」
子供の頭を踏みつけなじりながら、ジキムートが叫ぶ。
大人はほとんど、相手にならないのを知っている。
ジキムートは目をくれようともしない。
「……」
「……」
しり込みする子供たち。
とんでもない化け物を相手にしていると、自覚したようだ。
だが……。
「はぁ……はぁっ! 教えられた通り、陣形を組めっ! 陣形だーっ」
それでもまだ、剣を捨てない。
震えた膝を押え、必死にジキムートに向かおうとする子供達。
「くそっ、取り囲めっ! 取り囲むんだっ!」
「……」
(どんなに怖くても、お前らは大人がいる限りは、逃げられねえ。なんせお前たちに明日はねえからなっ。すがらなきゃ生きれないヤツに、逃げ場なんてねぇんだ。貴族様のおもちゃやってる傭兵に似てる。俺らもてめえ自身じゃ生きれねえし、稼げねえ。)
彼ら傭兵は、戦争が無ければ生きられない。
自分達で戦争は、滅多には起こせないのだ。
なぜなら、勝ったとしても、人を統治するだけの〝知能″がないから。
だから、貴族のおもちゃをやっている。
だが――。
「ふん、情けねえ。しっかりと大人を見てみろっ! な~にジャリが本気出しちゃってんだよ。恥ずかしいっ!」
ゲシッ!
「がふっ!?」
一人の子供を蹴り倒し、ジキムートが指さし笑うのは、魔法で作った障壁の中に隠れて四つん這い。
一歩も出てこない大人だ。
たかだが市民に、ナイフの的になる気概がある訳がなかった。
「そう、大人が正解……なっ! 泣いてチビっても良いんだ、バァーカッ!」
ガッガッ!
子供の頭を踏みつけてやるジキムートっ!
「はぁ……はぁっ!」
だが踏みつけた子供はなんとか傭兵の足をどけようと、指をジキムートの靴に絡ませる。
「やはり無理、か。この量だとそろそろ、仕留めないといけねえな」
そう言って、踏みつけた少年に剣を向けたジキムート。
傭兵世界ではよく見る光景。
少年兵と言う存在は、始末が悪い一つの事象である。
(似てるってぇのにその癖、裏切った経験も、クソ野郎になって生きる知能もガキは浅い。違いはたった一つ、知能と経験の差だけなのに、あ~クソっ。恐怖も金も効かねえってのがなっ。)
子供はある意味、傭兵に似ていた。
だがそれなのに、買収やペテンが効きにくい相手であった。