3章の25
「ふふっ、君は私を喜ばすのが上手いな、レディ。どういうご依頼でしょうか、レディ・ヴィエッタ。君の部屋の後片付けの話……かな?」
ヴィエッタの微笑みに、ノーティスがひざまずく。
彼女は人生初の仕事を引き受けようとしていた。
「それは私が。今度はきちんとわたくしが戦いますわ。逃げたりしません、最後まで」
「そうか、君は強い子だ、レディ。ん……」
「……んぅ」
2人は誓いのキスを交わす。
それは結婚だとか好意だとか、そう言った物ではない。
生きざまに。
これからどう生きていくかを決め、そして運命にキスをしたのだ。
きっと変わるハズの運命に。
きぃ……。
「やぁヨシュア、良い子にしていたかい? 君のお友達……という事は、私のお友達でもあるのか? なんせ私達は知り合いだからね。それは帰っちゃったよ、哀しいね」
ズルズル……。ズザザっ。
「まぁただ、私は君と話すのは今日が初めてで、私は君を軽蔑していただけの友達だが、な」
「ん……っ!? んーっ」
ズズズ……ズサー。
「君、いつも男に色目使ってただろう? 私は近くで見てたんだ、ず~っと、ね。その時から気持ち悪かったんだよね、その醜悪な雰囲気が。でも……その醜悪さがどこから来ているかは知っているから、納得はしていたけど。近くにこんな綺麗な妹が居るんだ、嫉妬するのも無理はない。うん」
笑ったノーティス。
そして今まで髪を持って引きずり、闇夜の中を一緒に散歩していた――サルグツワをされたヨシュア。
それを覗き込む彼女。
「ん……んーーっ!」
ズサーっ、サっ! ズサーっ。
そしてすぐにまた、引きずり始めた。
「お兄様、お変わりになりましたね。このようなお姿に。そう……無様ですわ。なんたる無様。男を好きになるなどニヴラド家にとっての恥でしてよ。貴方はこのニヴラドの長子たる者。その歪んだ根性はしっかりと、浄化せねばなりません」
月夜の下、ノーティスに引きずられる兄と向かい合って、一緒に歩いているヴィエッタ。
それがレイピアを。
長くて細い刀剣を抜き放つ。
そしてその、刃渡り1メートルもある剣を兄に近づけ、先端をゆっくりと兄の腹に這わし始めた。
「ん……っ!?んぅっ!?んーーーーっ」
ぷっぷっ、と刃が当たる度に赤が浮き出すその、ヴィエッタに似た青白い肌。
その白を紅は塗りつぶしていく。
そしてさっ……と剣で妹が、兄のサルグツワを切り落とす。
「ぷあっ! 分かった、悪かったよヴィエッタっ! もうこんな事はしないっ。僕は君に……。長女に家督もこの学園への入学権も全てを譲ろうっ! この学校に来たがってたじゃないか、お前はっ。お金がない我が家では無理だったが、僕と変わりさえすればなんとかなるっ! そういう制度もあるんだっ。そうしたら僕はっ、僕はそのまま放浪の旅に出るよっ! もう二度と帰る事もないさっ、ねっねっ!?」
「そうですか……良いでしょう。それならば、ね」
「……ふぅ、ふぅ」
大汗をかき、一気呵成に喋ったヨシュアがへばりこむ。
未だ引きずられる中、ドッと疲れた顔は皮肉にも、男らしさを取り戻していた。
「それで、子供は?」
ズササー……っ。
ズズズ……。
「……。エッ!? な……なんだい、子供って。どういう?」
「子供はどうするおつもりで、と聞いています。家督を絶やさぬ為にどうこう言ってましたわね? わたくしもそれは大賛成でした。ニヴラドを背負う為には、子供を産み育てなければなりません。だがあなたは……男色がお好みなのでしょう? だったら必然的にあなたは子供を持てない、というより持ちたくは無いハズ」
「あぁ、いやっ!? はぁ……はぁっ!そっ……そういう事では……ごくっ」
「それはこの家督や国さえも興味はない、と。そう自分で言ったも同然ですわよ? 何せ貴族の責務あっての、貴族ですから。あらあら困りましたわね、貴方から譲ってもらうものがありませんわ。男にうつつをの抜かしたあなたには、そもそも家督を継ぐ権利がありませんもの。何せ男性同士では、子を残せませんから。ですよねぇ? お兄様」
そう言ってレイピアを握る指に、力を籠めるヴィエッタ。
その視線が次は、兄の顔へと向かった。
「えっ……あぁ? えと……」
「で・す・わ・よ……ね?」
ヒュンっ!
「うぎゃああーーっ!? やめろっ!? 顔はやめてくれヴィエッタっ!?」
耳が落ち、ヨシュアがうめき声をあげたっ!
そのヨシュアの落ちた耳を拾い上げたヴィエッタが、その耳をポケットにしまう。
「それとも、男を愛する事をやめますか? ですがお兄様、それでももう遅いですね。何せその後には、私と子供を作らねばならない。ですがあのような事があっては、わたくしもいささかあなたとの子作りには不満ですわ。一番先に男色を告白いただけていれば良かったのに」
闇夜に笑うヴィエッタ。
「なぜあなたは、私に殿方を紹介して下さらなかったのです? 家の為に血筋の良い殿方を私に、と。そして……」
「……いっ、いやっ!? 違うんだよヴィエッタっ!」
言葉を終わらせるよりも早く、妹のその笑みの深さ。
業の気配に気づいて言葉を止める兄。
「なぜ……私を手籠めにしたので? そんな必要はありまして」
「……っ!?」
その言葉にヨシュアが止まった。
恐らくは今回の件は、ヴィエッタを蔑んでいた彼なりの『道具』の使い方だったのだろう。
だが、その前提条件である、ヴィエッタへの嫌悪もそして……貴族の責務である、子孫繁栄も口にする事が難しいこの状況。
「え……えと」
ズササ……。
「理由は、まぁ察してあげますわ。その顔に……その肌」
ヒュンっ!
「ぐっ!? あがっ!? ヴィっ、ヴィエッタぁ、頼む……やめてくれ」
皮膚が裂かれ、ヨシュアがうめく。
ヴィエッタのその見定めるような、蔑んだ目が這う場所からは紅が飛ぶ。
目線。
そう、ヨシュアがその自分そっくりのヴィエッタの青の瞳に、怯えていた。
ピタリと止まる行軍。
「ところでお兄様、その髪は……大丈夫ですの? 少しばかりセットが緩くてわ? そこ、どうしましたのお兄様。少し黒くにじんでますよ。毛……ですかしら? 大変ですわね、男性は。わたくしは気にする事も無い事をあなたは……女性に憧れておいででしょう? これでは……。ふふっ」
ヒュンヒュンっ!
指し示した場所は、穴ができる場所。
指摘の度に、兄の鈍いうなり声が響く。
「ガハッ!? あぁ……。はぁ……はぁっ!? やめてくれっ! おい誰かっ! 助け……むぐっ!?」
大声を出そうとヨシュアが口を開くが、ノーティスの靴裏で口がふさがれ、途中で止まってしまう。
「駄目だよヨシュア。君たちの家族の事をペラペラと、外部に話してはいけない。君がいつも自分の妹をお題目に、下賤な言葉を紡いでいたのは実に……。絶えられない程の醜聞だったし、その事は反省するべきなんだ」
「んっ……んーっ! 分かったっ!? ブぇっ!?」
喉まで来そうなかかとにエヅくヨシュア。
「それで……わたくしを手籠めにした理由はまだですの? お兄様。……ふあぁ」
満月の下、あくびを一つ。
止まる闇夜の行軍。
ヨシュアが言葉を紡ぐまでは、動かないだろう。
「こんな場所で止まる訳には行けないんだよ、ヨシュア。誰かに見られてしまう。それなら森に入るかい? 狼なりモンスターが来たら僕らは『エサ』を置いて逃げるが、それで良ければ、ね」
ノーティスが無表情で問う。
ざざっ……・ザア……。
森の樹々のざわめき。
響く虫の声。
逃げ場は無さそうだった。
ヨシュアはうなだれ……。
「僕は……その、相手をして欲しかったんだ。なかなかアイツらが僕を……その、遊んでくれなかったから……ね。初めての奴もいて……。男が初めては嫌だと……その、言うし。だからヴィエッタとすればきっと、その……」
「その……?」
「僕に似た……。いや、ヴィエッタに似た僕と一緒に……ヤッてくれるかなって……。そう思ったんだ。ヴィエッタは美しいから、ね。それに似てさえいえれば……」
ほぼ計画の全容を言葉にする、ヨシュア。
実際はもう少しだけ違ってヴィエッタは、ヨシュアにとっては『撒き餌』であると同時に出産させる為の道具。
その程度の価値だったのだろうが。
「ヒヒッ」
その顔は、完全勝利の顔だ。
笑う少女の眼には決して、その年に似つかわしくない、女らしい傲慢さがある。
「そうそう。そうですわね~、お兄様。わたくしを見さえすれば、あなたのような品でも少しは構ってもらえそうですもの。可哀そうに……女としても2流のお兄様。私が居なければ、殿方の気の一つすら惹けませんのね?」
ヒュンヒュンっ!
「がぁっ!? ぐうっ! そうだよっ。頼むよヴィエッタぁ……」
満面の笑みをしたヴィエッタに、顔が散々に斬られたヨシュアっ!
もうすでに、ヴィエッタに似ていたその顔は血で汚れ、別物に変わっていた。
そしてその刃は心臓を……っ!
ズルル……ズササ……。
「所でヴィエッタ。馬車の事故に見せかけるんだ。衝撃で大破させないといけないよ。斬り傷は良くても心臓を刺すのは良くない」
「あらごめんなさい。そうよね、ノーティス。では……」
そう言ってその崖の下を覗き込むヴィエッタ。
「待ってくれ……待ってくれヴィエッタっ!」
グサッ!
「さようならお兄様」
ヴィエッタが笑いながら、兄の喉を剣で一突きする。
「あがっ……が」
もう呪文は唱えられない。
そして2人はその……ヴィエッタに似た男を押さえ込み、投げ捨てた。
「あぁっ!あぁーーーっっ!?」
ドシャっ!
「ふふっ上手くいったね」
「えぇ……」
2人は手をつなぎ、歩きだす。夜のとばり。
優しい月に、奇麗な夜風。そして……。
「はぁ……あぁ、君の処女は素敵だよ。ヴィエッタ」
交わる2つの白い肌。
「ふふっ、嘘が下手なの……んんっ!? ふふっ」
「本当さ。マイレイディ」
「んぅ……んーーーっ! はぁ……はぁ。そうね、そうだわね」
ビクン……っ!と、大きく跳ねるヴィエッタの体。
虚ろなヴィエッタの瞳には涙が流れ、満足そうに笑った。
「ノーティス、あなたは私を初めから、狙っていたのですよね? だから近づいてきた。しかも色々と情報を持っている。私の機嫌をわざと損ねたのも、あなたが私のピンチを救う為。あなたなら本当は……んぅっ」
気持ちよさそうにうめくヴィエッタ。
そこはもう、所有者が居なくなった部屋。
自分が初めて汚されたベッドで、初めての愛交。
「ふふっ、うれしいよ。はぁはぁ……分かってくれていて。んん……あぁ……。美しい肌の色だ。私とは違って。ふふっ。だったら私の話もしておこう。私はね、平民なんだ。そして今……スパイをやっている。色々と馬鹿な貴族の子供達の弱みを握る為に、この学園に……あぁっ!」
「……。ふふっ。そうですの」
興味無さそうに笑うヴィエッタ。
交わり合う2人には、そんな些細な事は関係なかった。
「ん……そう、さ。だから処女を、初めてを捧げられる人間を待ってた。これからもこの仕事は続ける。だから君には私の……はぁはぁ。ん?」
指でノーティスの唇を……。
2人が流した淫らな愛欲の塊。
その結晶でギラつく、愛のささやき口を押さえるヴィエッタ。
「おやめになってノーティス。そんな言葉。まるで、あなたを私がお金で飼っているような言葉。聞きたくないわ、わたくしは」
「そうか……とんだ失礼を、レディ・ヴィエッタ」
笑うノーティス。
そして2人はその後、別々の道を行く。
ヴィエッタは学園を去り……戦争へと進むのであった。