3章の22
ガララ……。
馬車が止まる。
「……。はい、ではそのように。行って参りますお父様」
「あぁ……行っておいでヴィエッタ。御車出してくれ。ここは道が荒いから丁寧になっ!ふぅ……我慢じゃぁ我慢」
見送る幼い少女、ヴィエッタ。だが……。
「……うぅ。馬車があれ程とは……っ!?」
馬車が行くと幼い彼女はすぐにヨロヨロと座り込み、そして、吐きそうな顔で周りを見渡した。
その大きなカバンを下におろしキョロキョロと、潤んだ青い眼を周りに向けている。
「どうしたのでしょうか? お兄様は」
ヒト気のないその場所。
気分が悪く、動けない華奢な少女。
そして重いカバンと困り果てている貴族のご令嬢。
すると……。
「どうしたんだい、君。顔色が優れないようだが。誰かをお探しかな?」
朝と昼の中間頃。
横から照り付けるその日差しの中……。
ヴィエッタの前に王子が現れた。
「あなたは……?」
「私の名前はノーティス・ヴァンドレッドですよ、レディ。それで、あなたは?」
校門の前。
笑う美しい女性。
中性的でそして何より、端正。
美しすぎるその顔は、美男子にも見えた。
実際彼女はその姿を、タキシードを着た銀髪の王子様。そう表現して全く違和感ないナリで、少女に話しかけている。
「私は……。えと、ヴィエッタ。ヴィエッタ・ニヴラドですわ。お見知りおきを……、ノーティス様」
ヨロヨロと立ち上がり、優雅な所作でスカートの端をつまんだ。
そして華麗に挨拶するヴィエッタ。
綺麗なブラウンの髪が、極上の白い肌にかかる。
「あぁ、あのニヴラド家のお嬢様でしたか。お目にかかれて光栄です。長旅お疲れのようで……。まぁ……あはは。馬車に乗られたのであればその心中、お察しします。あれは本当に不快ですからね。ではレディ。お荷物をお持ちしましょう」
苦笑いするノーティス・ヴァンドレッド。
そしてスッと、ヴィエッタのカバンに手をやる。
「えっ……えと、わたくしはここで、お兄様の迎えを待たなければなりませんのでっ!」
「大丈夫ですよ、レディ。彼の……ヨシュア君の知り合いでしてね、私は。代わりにと頼まれましたので」
警戒するヴィエッタに優しく笑う、ノーティス・ヴァンドレッド。
「そっ……そうなんですかっ!? 私ったら失礼を。ですがこんな重い物をあなたが……?」
「いえいえ大丈夫ですよ、レディ。……よいっせっ。それにしても羨ましい。ニヴラドの国とはそれ程、我がヴァンドレッドは違いは無いと言うのに服をこれ程に。あなたは愛されておいでですね。私など兄のおさがりしか貰えないというのでお恥ずかしながら、このような姿ですよ。ふふっ」
「ああ、ですからそのようなお姿を。しかし、お似合いですノーティス様。お気を悪くされないように願いますがその……美しいあなたの中には、男性染みた凛々しさがありますわ」
恥ずかしそうにノーティスを褒めるヴィエッタ。
「あら……ありがとうございます。それではご案内がてら、お部屋へと」
2人は歩き出した、その高貴な学びの舎に。
「その……たくさんの方がいらっしゃいますのね、この学校には」
「ええ、ココは貴族の子女子息達……。とりわけ継承順位の高い方たちが通う場所。魔法教育専門としても名だたる名門校ですからね」
そう言うと庭を見るノーティス。
そこにはたくさんの男女が社交していた。
楽しそうに朗らかに笑う声。
その姿にヴィエッタ・ニヴラドは、非常に興味深そうだ。
「……。入ってみたいのですか?この学園に」
「いっ……いえっ!? わたくしはそうではなく、きっとお兄様も楽しんでおられるのだろうと安心しておりましてっ。えぇ、それだけですわ」
ヴィエッタがその瞳を哀し気に逸らした。
「ここですよ、レディ」
「あら……ありがとうございます、ノーティス・ヴァンドレッド様」
「いえいえ」
程なく2人は、ヴィエッタが入る部屋の前に到着した。
そこは来賓用で、少しの滞在を目的とした物。するとそこに声がかかる。
「……ヴィエッタ?」
「ああっ、お兄様っ!」
「やぁヨシュア君……」
「……誰だ、あんた」
ノーティスの言葉に怪訝な目をする、ヨシュアと呼ばれた男。
顔は色白く、少し口元が赤く色づくその顔は、丁寧に整えられていた。
女性かと思う程小柄。
髪はヴィエッタと同じ茶色、
少しだけ濃いか。
瞳もヴィエッタと同じのブルー。
ある意味ヴィエッタに似ていると言えたその男。後ろには男友達が居る。
「レディ、少しだけ兄上とお話させていただけますか?」
ノーティスがヨシュアに歩き出す。
「えっ……えぇ」
兄が話し合う顔色をうかがうヴィエッタ。
それはどこか哀し気だ。
その顔をヨシュアの友達がジロジロとみている。
「似てるな。マジで。それなのに……な」
「あぁ。そっくりだ。でも可哀そうにな。この子アイツと……」
声が聞こえてくる。
あまり聞きたくない話。すると……。
「すまないヴィエッタ。僕が忙しかったばかりに、彼女に迎えを頼んじゃったんだ」
「いっ……いえ、お兄様」
戻って来たヨシュアが言い放つ。
ヴィエッタは挨拶をしようとスカートを翻すが……彼女の横を素通りして、歩き出したヨシュア。
「じゃあ任せて良いかな……。えと、ノーティス」
「えぇ、もちろん」
笑ったノーティス。
そしてヨシュア達とヴィエッタはすれ違い、歩いていった。
「ノーティスなんて居たか、あんな奴。どこの家だ?」
「さぁ。居なかったぞ、あんな奇抜な女。でも男の恰好してるとかどうなってんだろうな? 脱がしたくなっちまうよなっ。へへっ」
「あぁ……。ありゃ逆にすごいぞきっと。脱がせて見てぇなあ。なぁヨシュアっ! お前も好きだろうっ!?」
「……。僕は別に……」
遠ざかるノーティスを睨むヨシュア。
「チッ……気に入らない目だ」
ノーティスが舌打ちした。
「……。ありがとうございます、ノーティス・ヴァンドレッド様。こんな事まで」
頬を赤らめるヴィエッタ。
荷物を降ろす2人には、赤い夕暮れが差し込んでいた。
少しの荷物だがきっと、ヴィエッタだけならば1日を費やしていただろう。
手伝うノーティスが、手早く仕事をこなしていく。
「いや、良いんですよ、レディ。私も暇な物で。あまり友達も居ませんし。ところでつかぬ事をお伺いするが、もしや……ご結婚の事で来たのかな?」
ビクンっ!
「……っ!?なっ、なぜそれをっ!」
「いやなに、たくさんいるのでね。こう言ってはなんだが、見飽きてるんですよ。その……近親的な結婚と言う奴は、ね」
苦笑いするノーティスが、銀の髪をゆっくりとかき上げた。
「……見飽きる、ですか。やはりこの結婚は普通なの……ですね」
その言葉を聞き、ヴィエッタが落胆の色を隠せない。
「まぁ……ありふれてますね。貴族ならず王権でさえ、あっという間に揺らぎやすい。色々と。そう……神や魔物たちとの折衝から、臣民含めた人同士の争い。権威が薄らぐのは一瞬だ。ゆえに婚姻に際して我ら貴族は、権威の強化と領土保全。あとあと身元保証など、色々勘案せねばなりません」
俗にいう所のマウントの取り合いと保身と言う話を、実に興味無さそうにノーティス・ヴァンドレッドが話し始める。
「えぇ……」
「ですが貴族同士の婚約ともなりますと……ね? 人同士だと更に骨肉の争いになってしまいがちです。ほら、貴女が来られた時に居たココの学友たちも、必死に自分にあった、そして何より神への愛を同じとできる相手を探している」
貴族の結婚相手は魔力の弱い者は話にならず、神である4柱。
その奉じる神を異にする事も絶対の禁忌。
なぜなら、別の神を奉じる者同士で婚儀に及ぶとなると、税やしきたり、そう言った大問題が絶対に、必ず起こってしまうからだ。
「そう……なんですね」
ノーティスが言葉を続けるたび、暗く沈むヴィエッタの顔。
「そうなると、絶対的平和的な婚姻が取れるのは2つの道だけ。神聖さ。例えば水の民や風の民との結婚かもしくは、兄妹での……というのが普通ですね。確か御父上は、水の民の方と一度結婚されていたハズ。ならば今回は恐らくは……」
話を詰め切った結果、行きついた貴族の世界。
そこは近親結婚が普通に行われる世界となってしまったわけである。
それが領土のやり取りもマイナス要素も全く無い、一番平和的な結婚だと断言できたのだ。
「ご指摘、御指南を……感謝いたしますわノーティス・ヴァンドレッド様。私の……その。この狭小な思想を変えていただけました事っ。あなたに、お礼申し上げ……」
震える声で、ヴィエッタが謝意を述べようとした。すると……。
「ですがそれは、あなたが決める事ですよ、レディ・ヴィエッタ。現実と戦いもせずに言う言葉ではない。思想や現実、ましてや常識などいくらでも変えれる」
「っ!?」
耳元でささやかれた言葉。
その言葉に驚くヴィエッタ。
「こう言っては何ですが、私はそう言う貴族的でそして、無駄な話には興味がない。それに私はあまりお勧めしないのでね、あの……。ヨシュアという男を」
「なっ……お兄様を侮辱するおつもりですかっ!? それは私ではなく、我がニヴラドの国を侮辱したも同然ですわよっ」
「……。レディ、あまりあの男と関わらない方が良い。これは私からの進言だ」
怒るヴィエッタに構わずノーティスが銀の髪を揺らし、笑顔でヴィエッタに近づいていく。
「そっ……何を馬鹿な事をっ!? 私達はこれから仲睦まじく、ニヴラドの地を治めていかなければならない身分っ! あなたにそれをとやかく言う権利はありませんわっ。あなたは礼儀をわきまえれる方だと思っていましたが、恥を知りなさいっ!」
後ろに下がりながらその、近づくノーティスから逃げようとするヴィエッタ。
何か……とても恐ろしい事が起こっている事に気づく彼女。
「それはあくまで、表面的なお話ですよレディ……いえ、ヴィエッタ」
……ちゅっ。
「……。んっ!? ん……んぅ……」
奪われる唇にヴィエッタは驚き、目を見開いたっ!
「……はぁ。良いですか、ヴィエッタ。この世にはたくさんの裏と表があります。それはきっとあなたが今、知るべき事」
「なっ!? 何を……」
ちゅっ
「んぅっ!?」
口の中で相手が唇を動かしている。
そのような感覚は……そのような恐ろしい感動は、初めてなのだ。
「今知らねばもう、遅くなってしまう。この言葉を覚えていて下さい」
「んぅっ!? んーーっ!?」
体から力が抜けて行く。
なんとか振りほどこうとするが……力が……。
「さぁヴィエッタ。私をノーティスと、そう呼んでいただければ……」
バシンッ!
「あなたは一体何が目的なんですか。ヨシュアお兄様の代わりと言う話、それも初めから嘘だと分かりましたわっ! ですが……あなたは何をっ! この家督も継げない、小国すら治められない女に求めていますのっ!」
涙を流しヴィエッタは叫んだっ!
するとノーティスが困ったように笑い、そしてシロガネの髪を直し……。
「……。あらら、フラれちゃったかな。そこまでご理解とは貴女はとても、この上なく聡明な女性だ。だがそれならば……」
トントン……。
「少し良いかな、ヴィエッタ」
兄……ヨシュアがドアをあけ放った。