3章の20
「くっ……」
闇を見つめる住民達。
そこには深く深く、人を飲み込む水の奈落。
「おいコレっ。追いかけるかっ!?」
「いやっ、普通の人間が鎧なんぞ着て、耐えれるわけがねえっ! アレ着てこんな闇の中じゃ、俺らでもやべえよっ!」
全てを飲み込む闇。
見えぬ底、上がる蒸気。
水の民達は怖がりながら覗き込み、そして……。
「飛び込む高さも厳しい。どんだけ高いと思ってんだっ!? もし行くなら3人で行くしかないぞ」
「3人、な。俺は行くのはごめんだが、でも……。問題はそんだけじゃねえ」
「……はぁはぁ。みっ、水……。水」
滝からはずいぶんと離れ、ゴディンが止まっているのを見やる、水の民達。
ゴディンは今、戦っている。
自分を呼ぶ原始の命令と。
そして、もう一つの水の神の命令。
「原初化。本当にあるんだな」
「あぁ。どうしろってんだよ、こんなの」
住民がぼそり……っと、ゴディンを見ながらつぶやく。
すると、1人がゆっくりとゴディンに近づいた。
「いっ、行きましょう、ゴディン様。御父上の下に」
苦笑いを浮かべて、言い聞かせるようにゴディンに言う。
「御父上? 父さん……の。ゴディンが、行く」
その言葉にゆっくりと、歩き出すゴディン。
彼らはそこから去っていった。
ごぼぼっ!
(やっべぇ……。)
水の中を行くジキムートには、絶望しかなかった。
彼が揉まれる水流は人知を超えている。
(駄目だ……コレ。)
水神の都と謳う、この町の水量。
それは我々が思う程軽くはない。
1日約1000万トン。
1時間40万トン。
1分で6000トンを、生み出し続けている。
端的に言って6000トンは、学校のプール30個分。
それが、1分で湧き出す訳だ。
そんな水量に今、ジキムートが巻き込まれていたっ!
(あぁ……もう息……がっ!?)
ボコッと泡が口から飛び出る。
あっという間に息が途切れた。
そしてここからの道のりだ。
ここを町の中心と考えて、街の半径を5キロだと想定。
結果傭兵は、毎分プール30個分の荒波の中、50メートルプールを100周する。
そんな羽目に陥っていた。
(うあああっ!)
闇へと消えるジキムート。
「ぅむ、そう……か。息子は……」
ボソボソと言葉が聞こえる。
「これではヤツとの……」
「しかし……」
トントンッ。
「……ゴディン様、御到着ですっ!」
その言葉を聞きマッデンが、従者の言葉を遮り、返事をした。
「よしっ、早く通せっ!」
するとドアが開くなりすぐに、一目散にマッデンに抱きつくゴディン。
その過程で、色々な丁度品も巻き込み、薙ぎ倒していく。
「父さん……。父さんっ!」
「おおっっ、ゴディンっ! ゴディンよっ! よぉ戻った。うんうん、グズリ……。お前が戻ってよかったよ。それだけで十分だ。もうお前しかわしにはおらんのだっ!」
泣き叫びながらマッデンは、息子の足元にしがみついた。
「……」
パッパッ! とマッデンに手を振られ、住民が眉根を寄せるのを必死に抑えながら、部屋を出る。
「あぁ。マッデン父さん。父さん……。おちちう……。御父上だとゴディンは教えてもらってっ! あぁ……ううっ」
頭を押さえ、苦しみ始める息子。
「良いぞ、良いんじゃっ! お父さんで良いっ」
いつもならば叱るところだろうが、彼――。
ゴディンはもう、マッデンにとっては〝病気″の息子になっている。
恐らくは――。
「おいおぃ大丈夫かよ、あのゴディン。あんなんで〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″を継がせるつもりか?」
その相方の言葉に、キョロキョロと周りを見ながら、耳打ちする住民。
「だが見たろ、あのマッデンの可愛がり方っ! あれじゃな~。別の意味で頭のおかしかったゴディンが、本当におかしくなっても……なぁ? 無理やりにでもてっぺんに据えさせてくるさ」
「あ~あ。あんなん上に立っちまって、大丈夫かねうちら? あの傭兵が我らに問うた事も、分からんでもないぞ」
「ふぅ~う。でも魔力だけはイッパシなんだ。誰も逆らえな……」
その瞬間、彼らは動きを止めた。
カツっ。カツっ。
廊下に響く、足音。
見やる先。暗闇の中。
ゆっくりとその者が歩いて、自分たちをすり抜けていった。
「……おい、今の」
「えっ……? あぁ」
堂々としたその影に、住民が驚きの声を上げる。
ガシャンっ!
「御父上」
「マッデン」
「ゴディンよ、心配する必要はないんじゃ」
「マッデン・トゥールース」
「だっ……誰じゃ、鬱陶しいっ! 今は大切な時っ、報告は……っ!」
「聞かせてもらおうか、プランについて」
「なっ!? お前っ」
その姿に絶句するマッデン。
「これからの事を話し合おうじゃないか。どうやってお前たちが生き残るかと、そして、我らの駒として踊る予定なのかを、な」