3章の15
「あぁジキムート……。クスリだなんて無茶をして……。そんな事をしたら、君の寿命を縮めるかもしれないってのにっ! クソっ! でも僕はそれを止められもしないっ。クソクソっ! なんて情けない。他人頼りなんてこの僕が……。なんて情けない勇者だよっ」
レキが水で壁に張り付けにされながら、唇を噛む。
クスリをヤルのは勧められない行為だ、決して。
だが彼女ではどうしようもなかった。
マッデンに水に張り付けられ、救援に行きたくとももう、その力が無い。
それに――。
「だけども頑張ってくれ、ジキムートっ! どんな罵倒を受けてもあんな豚に遊ばれるなんて……。絶対にごめんなんだっ! あの豚から逃がしてくれ、ジキムートっ! 頼むよっ」
何より、自分。
決して断じて微塵にも、マッデンに捕まりたくなどはない。
不遜でも傲慢でも、人類に罵倒されようとも。
なんとか……そう。どんな悪魔の手を使っても。ジキムートが打開してくれればと。
今心底願っているレキ。
「なかなか……。ふふっ、すごいですね」
ノーティスが花の髪留めを触り、ジキムートの躍動に笑う。
ジキムートが激しく動くたびに、彼の左足に大きく刺さった氷付近から、血が吹き出ているのが見えていた。
「ぐぬぅ……。神に、ダヌディナ様にお貸しいただいた美しき神域を汚すゴミめっ!彼女はキレイ好きだというのにっ! なんというありさまかっ!?」
何度も何度もしつこい攻撃に、マッデンが嫌気がさし始めている。
怒りと共に、放たれ続ける氷の刃っ!
ヒュンヒュンっ!
「ふしっ」
だがジキムートの動きが尋常じゃないくらい素早く、マッデンの魔法では全く直撃する様子がない。
「ウラアァアっ!」
バキィッ!
傭兵の乱痴気によって、また一つ、氷壁が壊れた。
ビキキ。
マッデンのコメカミに、血のスジが浮かぶ。
「ええい鬱陶しいっ! 下民の分際でいつまでもいつまでもっ、我の手を煩わせよってからにっ! こうなったら一撃で決めてやろうっ」
叫んでマッデンは、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)〟を掲げた。
「まっ……マッデン様ーっ! そんな事をしてはっ」
その呪文の構成を見やり、住民が恐怖の声を上げるっ!
だが、マッデンは止まりはしない。
「わが手に広げるは吹き荒れすさぶ、1陣の渦なりっ! 吹き抜ける事なかれ、過ぎ去る事なかれっ。災禍は今、水をもって示されるっ。神のお導きをっ!」
マッデンの呪文に応じて、ジキムートとの空間の虚空に水が大量に生み出され……広かる。
水は内部に、多数の氷を巻き込んでいる。
そして唸りを上げて回転を始め、吹きすさぶ竜巻と化したのだっ!
「グアアアッ!? 飛ばされ……っ」
「うわっ、あぁ……っ!?」
風圧が洞窟内部を暴れまくる。
体ごと吸い込まれるその力に、住民が膝を屈して屈みこんだ。
「おい止まるなっ!? 早く逃げろーーっ!」
ざすっ!
「ぎゃあっ!? しまった、助けてくれぇっ!」
竜巻に呑まれた住民の1人。
彼は引きずり込まれた瞬間に、氷が肉に穿たれる。
そして刺さった氷を起点に、引きずられるように回転。
「あぁっ……。あーーーっ! 止めてっ、止めてく――ぐえっ!?」
グシャッ!
壁に強打させられる住民。
血を流し、方々に血のりを吐き散らした。
だが……。
「げはっ。うぁっ、止めて……。止めてくれーっ。ぐえっ!?」
ぐしゃっ!
泣き叫ぶ今も、その住民は回転させられ続けている。
中の氷が筋肉に穿たれれば最後、延々と回転させられる事になってしまうのだ。
「ぎゃああっ!」
グシャッ!
「ぐあっ! もぅ……もぅ。止め……がっ!?」
べしゃっ!
もうすでに何人かの住民がその刃に捕らえられ、、永続的に回転させられ続けるか、壁にぶつかって腕が千切れるかの2択になってしまっている。
「……うひひっ。これからは逃れられんぞっ! なんせ魔法で水の中を泳ぐも無駄っ。この竜巻を壊すも無駄っ! この狭い中では逃げるも無駄よぉっ!」
広範囲に及ぶその回転は、殺人メリーゴーランドと言えた。
マッデンの命令の下、目障りな傭兵ジキムートに近づいて行く殺人竜巻っ!
だがそれでもジキムートは――。
「フゥ……フゥウウウウゥっ!」
逃げようとしない。
竜巻のただ1点を見つめている。
「……? こやつめ何を?」
ジキムートが殺人竜巻の、中の氷を見やり……。
「ふっ!」
ばしゃっ!
1つの氷をつかみ取ったっ!
そして掴んだ氷を起点にし、足から飛び込む傭兵っ!
無傷で台風の目に侵入成功。
「なっ、何っ!? こんな馬鹿な……」
住民が、イカレた方法で侵略する傭兵に驚愕し、目を丸くした。
竜巻の中は超高速なのだ。
氷のスピードも、プロ野球選手の投げる直球より早かったのだから。
「ぺっ。まだらの線が溶けなきゃ良いんだろっ!?」
訳の分からない言葉を吐き捨て、そして、同じ方法でまた無傷で脱出……っ!
「フゥンっ!」
その時、巨大な肉が躍動したっ!
あの、肉の塊マッデンが、走っているのだ。
肉を氷と化し、ジキムートが出てきた場所に向けて障壁ごとタックルっ!
ドンッ!
確実にもう一度、傭兵を竜巻の中へと弾き返す。
「クッ!?」
ジキムートは障壁に弾かれ、千本槍の台風の中へ戻されてしまう。
ぐしゃっ!
「ガアッ!?」
ジキムートは氷の槍に、手のひらを刺されてしまった。
そのまま回転っ!
ドンッ!
ぐしゃっ。
「ぐ……ぁっ!?」
壁に激突して弾かれ、血の跡を残して動かなくなってしまう。
「ふう……ふぅっ! ゴミめっ。神の使徒を手こずらすなど、あってはならぬというのにっ!」
大汗をかくマッデン。
さすがにこの体形で、体術――。
そう呼べるかどうかは怪しいが、体当たりは難しい物があったようだ。
「ジキムート……。あぁ――」
ジキムートの轟沈姿に、レキがうつむく。
青ざめた唇が震えている。
「よく頑張ってくれたよ。だが……これが本物の〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″の力……。マッデンはマナだけではなく、神に選ばれた……と、ふふっ。勇者たる……。ははっ」
もう強がりを言う力もないレキ。
魔法世界に置いての、究極の力。
選ばれしマナの子。
「神はなんと残酷なのか……」
その才能の差は、神によって作られた物。
その敬愛してやまない者による理不尽に、絶句するしかない3人と、動かない異世界人1人。
「はぁはぁ、その通りじゃよ小麦の娘よ……ひひっ。わしは神に選ばれたんじゃ。じゃがお前も、その血を受け継ぐ子を身ごもれるのだ。喜べよぉ女……」
汗を振りまき豚が笑う。
そしてレキへと近づくマッデンが自らの指を、レキを張り付けている水の中に入れた。
「クソが……ぁ」
汗と油まみれで、ひどく何かの異臭が近づくと、レキがうめく。
「ほぉほぉ、胸の柔らかさはやはり足らんのぉ……。もう少しグラマラスな形にするか……。おぬしは貴族ではないからのぉ。変えても文句はこんから良いおもちゃとして生涯、美しいまでは楽しんでやるぞっ」
レキの胸は揉みしだかれ、小ぶりな胸がおもちゃのように動きまわり、レキがうつむいた。
その瞳にはうっすらと、涙が見える。
口惜しい、と言うよりはもはや絶望だ。
落胆以上に、ゲームその物が終わったと知るレキ。
「だそうだっ、良かったなレキっ!」
「ぁっ!?」
マッデンが小さく鳴いた。
目の端には影っ!
パシッ!
影が神の使徒の手から、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を奪い取る。
ローラのその速さは光っ!
「馬鹿……なっ!? おっ。おいっ!」
どうやってかは知らないが、ローラはこの状況でマナを発動して見せていた。
あっという間に傷だらけのアサシンは、マッデンが手の届かない場所へ逃げていく。
「くひひっ。じゃあな、傭兵どもっ!」
「さようなら……ローラっ!」
ザスンッ!
「ガッ……っ!?」
ドタッ……ズサァアっ。
「……」
一瞬の――。
ほんの数秒の事だ。
逃げ去ろうとするローラの目の前。
そこにいつの間にか居た彼女が、ローラを斬り倒していたっ!