3章の14
「くぇええっ!? やめよっ! 来るなっ!?」
紅の殺意が駆ける、その手にはクナイ。
貫通させ、そして、確実にマッデン本体を砕くのだっ!
「かっ……神よっ! 〝コエセンシャル・フロント(神域現出)〟ーーーっっ!」
「貫っ!」
2人の怒号が同時に木霊するっ!
ガスッ!
ピカッ!
「……」
「……」
耳を押え、レキが違和感を感じとる。
何かが光り輝いた。
そして突然。
シュボッ!
部屋から明かりが全て消える。
「全く、驚かせるな女っ!」
闇の中で声が――。
マッデンの声が響く。
「貫っ! 貫くんだっ! ……なぜだっ!? どういう事だっ!?」
レキが、マッデンの腹に刺さっているクナイを目にしたまま、響く声におびえた。
必殺技が起動せず。
更には、マッデンのハキハキとした声だけが闇に響いたのだから。
「ふんぬっ!」
大きな人型が光るっ!
「がっ!?」
暗闇の中嗚咽が漏れる。
レキが逆に、水で壁に穿れでしまった。
そして――。
ボっ! ボボッ!
炎の点火する音。
キラキラと美しい蒼のきらめきが、洞内を照らし出す。
住民達が持っていたたいまつが次々と、青い炎で復活していったのだ。
「ふぅふぅ。あぁ~、ヤレヤレ。よもや下民風情に、このような物を使うとはな。……ふぅっ!」
汗を拭くデブ男。
腕で懐を探り、何か光る物を手にするマッデン。
「しっかし危なかったわ。だがわしを甘く見たの女。我は〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″だぞ? 人を神へと導く、神の化身じゃと言うたじゃろ」
マッデンの懐から取り出される、輝きを放つ物。
それを見るやいなや、レキの表情が険しく変わっていった。
「くぅ、それは〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)〟っ!」
「見よ美しの、本当の意味での神の領域をっ! わしを中心とし、今ココに、紛れもない水の神域が開かれたっ! これが我が神の代行たる証明よーーっ!」
バっと、大きく腕を広げるマッデン。
その言葉を聞き、水の民達が一斉にひれ伏した。
「我が神に祈れば、世界すら変わるという事だっ。神に最も近き者が立つ場。それこそが聖域を越える、崇高かつ至高の『水の神域』という事よっ! グハーッハッハッ!」
ここは今、冗談でもなんでもなく――神が顕現したに相応しい、神の住む水のユートピア。
「神域……だとっ!? まさかこの男っ。水のマナ以外を消しただけじゃなく……。はぁ……はぁ。全ての『事象』をねじ伏せ、水以外全て、消して見せたの……か?」
震えるレキ。
神の名は伊達ではない。
普通に考えて自分のテリトリーで、自分が苦手とする攻撃を見逃すハズがなかった。
全ての敵対、友愛マナにさえきっちりと、不変の対抗策を打っている。
水以外は存在できないのだ。
火は、熱を発する事も爆発する事も。
樹々は、水を吸う事も根を伸ばす事さえも。
そして風は、吹き抜ける事も、あるいは酸素を提供する事も。
全ては水に置き換わり、水が代わりに行う。
「くくっ、水の神域に、水以外の異物はいらんっ。火の光も木々の芽吹きも、そして、吹き抜ける風さえもっ! 全てが水であれば良いのじゃっ! これぞ神の所業なりてっ。我は神に最も愛された、人類で最も尊ばれるべき現人神よっ!」
この神域は、本当の意味で水の神ダヌディナ。
彼女が形成する、絶対不変にして、侵される事無き水の楽園。
「神が世界を創造したのと、同じだと……でも……」
世界創造と同じ魔法にして、奇跡そのものを目の前に、そこに居た人間ほぼ全てが打ち震えた。
「無駄じゃったのぅ、女。お前のその、恐らくは特殊加」
「オァアァアアァアッ!」
神の世界がゆがんだっ!
ジキムートの目が殺気に打ち震え、そして、痛みを拭い去る。
ヒュンッ!
「なっ!?」
ガキンっ!
いきなり飛んできたナイフと蠢いた影。
マッデンが驚き障壁を展開する。
「ウォオオォッっ!」
ガキガキンっ!
するとそのままマッデンの周りを回転しなが、マッデンを攻撃し始めた狂戦士。
氷の壁を叩きつける、すさまじい音がするっ!
「うらぁっ!」
ガキっ!
ガララっ!
剣をへし折りながらもジキムートが、マッデンの分厚い氷壁を崩してみせたっ!
そして、マッデンに向けて折れた剣を投げるっ!
ガスンっ!
だがこれも、障壁で覆されてしまう。
「……貴様? それは、クスリ……か?」
訝しそうに障壁を張り直し、傭兵の異常な目を覗くマッデン。
ラリッた、と言えば良いのだろうか?
人間の正気が消えうせた目を、しげしげと覗き込む予言者。
「ブタが人間のころば話してんじゃっっねーーーっ! ウアラアアアッ!」
「ウォアッ!?」
手近な住民が悲鳴を上げるっ!
いきなり男の住民がジキムートに捕まれ、そして……っ!
「ソレを貸せえっ!」
ぐしゃっ!
「ぐ……ひっ!?」
『ソレ』こと、人体。
ジキムートはマッデンの氷の壁に、住民の体をぶつけたっ!
「うらうらうらぁーーっ!」
だがそれだけでは飽き足らず、打ち込まれた衝撃で失神しそうな住民の足を掴む傭兵は、何度も何度も、分厚い氷の障壁にソレを打ち付け始める。
ガスンガスンっ!
「ギャッ。ギャンッ! ガッ……」
血が飛び散る。
まるで肉の剣のように住民を、武器に見立てて打ち付けていくジキムート。
「ウラアアァァッ!」
左のガントレットで突進。
バリンッ!
氷が、崩れたっ!
だが……。
「ふふっっ……。無駄な事よ」
笑うマッデン。
障壁を張り直し、氷の刃を数多呼び出したっ!
「それを……。俺の相棒を返せ豚ぁああっ!」
「ねえジーク」
「イーズ……」
「私ね、あなたが大好きよ。でも他人は嫌い。私の秘密を知りたがるんだもん」
「俺は聞かねえよ、別に。お前が何モンでも興味はねえ」
「そうっ!? ホントに? 良かった。じゃあアンタを全部、調べられるね」
「調べ……る? 何を調べるってんだ?」
「それ……」
「これ……か。だがお前は知っているのか、コイツが何かを!?」
「すっごく薄汚いねっ!」
「……ッ!? 何がだ……よっ?」
「良くそんなの体に飼えるね……ジーク。そんな汚くて気持ち悪い物私、大嫌い。でも、嫌々なのに、調べなきゃ。仕方なくても調べなきゃ」
「なっ……。それなら俺と一緒に居なくても良いんだぞイーズっ! 俺は別にお前に頼んでまで、一緒にいる訳じゃ……。居る訳……じゃ……」
「仕方ない仕方ない仕方ない。そんなおぞましい物仕方ない」
「やめてくれ、イーズ……。何をする気だ? お前……それっ!?」
「お腹……裂かせて?」
「ウアアアアッ!」
マッデンが出現させた氷の刃が数多と、ジキムートを襲うっ!
ザスザスザスっ!
「ギャアアっ!」
ジキムートは手近な住民を盾にして、それを避け切って見せる。
盾の住民に多数、刃を張り付かせたジキムート。
その痛々しい、トゲのだらけの人間をっ!
ガスッ!
クギ付きバットに見立てて魔法障壁に突き刺し、ロケットキックっ!
ビシッ!
「ぐぬっ……」
「オラオラァァァアア!」
亀裂が入った所で更ににウロコでタックルっ!
バキンッ!
再度壊れる障壁っ!
見事マッデンの力を応用し、マッデンの障壁を打ち下して見せた傭兵っ!
「掴まれればスクラップだぞ、おいっ!?」
「あぁ、なんてこったっ!? 弟がーーっ!」
惨状はひどい物があった。
四方八方に飛び散る。血の飛沫。
捕まれ盾にされた住民はペッちゃんこで、ヒラメになっている。
「逃げろっ!? ヤバいぞコレはーーっ!」
辺りは騒然とし、住民はすくみ上がる。
自分達を巻き込む化け物2人から逃げようと……。
「逃げる事はならーーんっ! 敵前逃亡は死刑とするっ!」
ぐしゃしゃっ!
「ぐひぃいっ!?」
住民がマッデンの攻撃を受け、氷の槍で串刺しにされてしまっている。
「ここは神の領域ぞっ! 我らが水の民が、神の御前で逃げる事は叶うと思っておるのかっ!? それはなんたる不名誉っ!? ワシが神域を出した以上は、一歩たりとも引くな同胞どもよっ! そんな事も分からんか馬鹿モンがーーっ!?」
血走った目で住民を睨むブタ。
だがその間も、住民(武器)を使用したジキムートが氷の障壁を……。
ばきぃっ!
「なんて……こったよ……っ!?」
あからさまに理知的な判断ができてないリーダーに、住民が当惑しながら震えている。