3章の10
「ぐぅ……」
「ほらほらっ、どうしたよガキがっ! もぉ終わりか~?」
「クソがーーっ!」
叫び、ジキムートが盾を突き出し突進するっ!
だが……っ。
「よっと、バッカじゃねえのこの間抜け~。逃げるのに遅れるなんてよぉ。しゃあねえご同僚だぜっ!」
バシッ!
あっさりとかわし、敵である傭兵は馬鹿にするように、剣の先でジキムートの頭をはたいて見せた。
よろけながらもジキムート――。
まだ若い。
顔の輪郭や目つきの悪さ。
そして、170程度の伸長と言うのはもう変わらない。
ただ明らかに14・5の青年であり、装備がまるっきり違う傭兵ジキムート。
それが体制をすぐに直し、敵に相対するっ!
構えるはブロードソード。
「同僚? 敵のくせに何言ってやがるっ。大体逃げるだとっ! こんだけの人間が戦ってんだ、一人で逃げれるかよっ!」
「何っ!? お前何言ってんだ、クククッ。傭兵が本気で戦うなんて、あるわけねえだろっ。大体お前、相方はどこ行ったよ? えっ?」
笑いながら敵傭兵が周りを見渡す。
確かに周りでは戦っている。
何人かは実際、刺殺されたり首をはねられたりと、正に戦争状態だ。
その中でのジキムートは確かに、普通の戦闘者と言えた。
「アイツは……特別なんだっ。心が弱かっただけで、俺はビビッて逃げたりしねえよっ!」
相方。
この時はイーズではない。
というより、相方は知り合いですらなかった。
戦場では傭兵は2人1組や、3人1組のチームを作らされるのだ。
「ははぁ……。お前さては、仲間外れのあぶれモンだっ! ばっかじゃねえのっ。しゃあねえ、今はコレで見逃してやるよ、同僚っ。さっさとありったけ置いて、逃げろやっ!」
敵が指で作る、お金の形。
「金……だとっ!? ここは戦場だボケっ! そんなもんでおいそれと逃げて良い場所じゃねえっ。命張ってんだっ。てめえみたいなゴミと一緒にすんなよっ! 大体指揮官が見てんだっ、逃げれる訳ねえだろウスノロがっ」
「ウスノロだぁっ!? このガキいっぺん思い知らせてやんよっ」
ガスッ!
「グッ!? ぶがっ。がはっ……」
あっさりと構えたハズの盾を超え、頭に剣をヒットさせられたジキムート。
いくらヘルムをしていても、剣で殴られれば相当に痛かった。
ジキムートは鼻血を噴き出す。
「おらおらっ! さっさと金出して逃げろ、この負け犬がっ!」
ガッ! ガツッ!
ドンドンと左の盾をすり抜けてくるその、敵傭兵の剣技。
盾なぞ意味がないかのようだった。
「ぐっ!? お前みたいなゴミと一緒にすんなっ、この唐変木っ! お前みたいな鼻曲がり野郎に負けるくらいなら、俺は喉かっ切って死んでやるよーーっ!」
「な……に? てんめぇーーーっ! 誰が鼻曲がりだっ!? ふざけんなよっ。じゃあ殺してやるよ間違いなくなーっっ!」
激昂し、鼻曲がり傭兵が憤怒の顔で、ジキムートに突進してくるっ!
するとジキムートが、左腕のシールドの下に隠してある、ラグナ・クロスにタトゥー2枚を張り付け……っ!
ジュウっ……しゅぼっ。
「へへっ。来いよっ!」
迎撃の用意をした――がっ!
「うらああっ! このクソガキがぁっっ!」
ドガァっ!
「ぐあぁっ!?」
横から突如、いきなりの衝撃。
ジキムートが吹っ飛び転がるっ!
「なんっつったこのジャリっ!? このっ、コノっ! ぶっ殺してやるよっ」
「ぐあっ!? なっ……なんだこの、バケモンはっ!?」
ジキムートが自分を蹴りたぐる、ゴリラのような大男に恐怖の声を上げた。
そこには180を超える大男が、ジキムートに殺到する姿が。
「死ねよっ! このクソ坊主っ」
大男がジキムートの盾を掴むと……。
ぼきっ!
「ぐっ!? ぎゃぁっ!? うぎいいいいっ!?」
大男がジキムートのシールドを回転させた瞬間に、ジキムートの左腕がへし折れた。
シールドは往々にして、回転動作に弱いという弱点を持っていた。
痛みに倒れ伏せるジキムートっ!
「ふんぬぅっ!」
ガスッ!
カランッ!
ジキムートの右腕ごとブロードソードが蹴り飛ばされ、あさっての方向へと転がってしまう。
「クソっ!?」
「うらうらうらーっ。ウラウラァっ!」
がすっ! ガッ! ガッ!
「ガっ!? ギャッ!? ぐぇっ」
ジキムートがぼっこぼこぼのギッタンギタにされていく。
止まらない大男の打突。
「あぁ……えと。〝サー″?」
立派な鎧とそして、大きな大きな刃渡り120もの、トゥーハンデットソードを右に。
更には、左手にデカい斧を持った化け物。
〝サー″と呼ばれる男。
その鬼気迫る表情に気後れする、鼻曲がり傭兵。
「死ねぇ、クソガキィっ!」
ガスガっ! ガガッ!
「ガッ!? が……っ。ぐぁ……っ」
殴られ続け、やがて、ジキムートが……。
……。
「えーっと? コイツの持ってんのは……」
「……っ!? てめえっ」
ヒト気に気づき、ジキムートがハッと目を覚ましたっ!
「おぉっ!? お前生きてるのかよっ。はぁ……ラッキーだなぁ? 身なりからすっとご同業か?」
「おっ……。お前も傭兵? うぅ。どっちだ? どっちの傭兵だっ!?」
「どっち? どっちってそりゃ、な」
そう言ってワッペンのような、ジキムートが所属する国とは敵対する、敵国の印を見せる男。
体はヒョロく、比較的愛嬌がある顔をしている。
戦闘にはあまり向いてい無さそうだ。
どちらかと言えばコソ泥か。
「負けたのか……よ。クソっ」
「負けたぁ……? 相当重症だっ。お~いっ! 〝サー″っ! ここに生き残りがいますぜ~」
仲間を呼ぶヒョロい傭兵。
「……っ」
「助けて良いか分かんねえからな。ちょっと待ってろ。だがお前、なんでそんなになるまで戦った?」
そのヒョロい傭兵が、面白そうに話しかけてくる。
「なんでって、戦争だからに決まってんだろがっ!」
「あぁ……省かれちまってたか~。どっちだ? 頭目か? それとも、ガキの見張り役の奴か?」
「――?」
その質問に、目をぱちくりするジキムート。
「意味分かんねえのかよ? まあ良いや。暇はねぇが教えてやる。この戦いの決着はもう台本で決まってて、俺らが勝つ事になってたんだよっ!」
ガバッ!
「お前らが……勝つ? なっ、誰が決めたっ!? ……がっ!? あぁ……」
驚き体を起こし、激痛に沈むジキムート。
だがそれでも、その言葉の真意を確かめるべく、敵の傭兵に視線を合わし続けた。
「へへ……っ。そうそう、その顔よぉ。面白いったらありゃしねえぜっ! ひひひっ」
「笑ってないで説明しやがれっ!」
「くくっ。あぁ、はいはい。決めたのはお前んとこの傭兵団長と、ウチんとこの〝サー″とよ」
……。
「俺らの傭兵団長、だと?そんなわきゃねえっ。戦う気満々だったぜ、あの白髪っ。最期ばかりと人一倍飲んでっ! 明日別れるかもってつって、自分のペンダントまでやってたっ」
「あちゃ~……。それ信じてたのか?」
「そりゃそうだっ、嘘の臭いはしなかったっ!」
「嘘の臭い、な。まぁそう言う感じの心意気で戦えってこったよ。青臭ぇなぁ」
ヤレヤレと、ジキムートの言葉を馬鹿にしたように笑う、小柄傭兵。
「……。くっ! 何言ったってお前は敵だろうがっ。おめえの言う事なんぞ、信じられるかよっ! 台本だぁっ!? そんなの知るかっ! どうせお前らの噓八百だろっ」
「るっせぇボケっ!」
ガスッ!
ヒョロい傭兵が、ジキムートの頭を蹴り飛ばす。
「がっ!?」
「息まくのは良いが、〝サー″が来るぞ~。まっ、せいぜい頑張るんだなっ! アレに気に入られなきゃお前マジで、ココで終わんだからよっ」
「サー……ぁ」
ビクッ!
ジキムートの体がその言葉に反応した。
未だ脳裏に残る、その闘神の顔。
「こっちです、サーっ。このクソガキですぜっ!」
ヒョロい傭兵が、大将格の男を呼びよせ誘導する。
近づいてきたのは……。
「あぁ……。やっぱお前か、坊主」
「てめえはっ!? あの時のっ」
突然横から入って、ジキムートを失神させたあの大きな傭兵。
それが馬鹿にするように笑い、ジキムートを見下ろす。
今は手斧一本だけしか持っておらず、威圧感は少しだけ収まっていた。
「まだヤルかぁぃ? 良いぜ」
ジキムートが剣を構えたのを見て、小さめの手斧一本でけん制する〝サー″。
「ふぅ……ふぅっ!」
「さっさと下れよ坊主っ! 金出せば見逃してやるってんだ。台本もそいつから聞いたんだろがよ。なんせ〝口から″ベントだからな」
「うへへっ! やらしてやれよぉっ! 面白えじゃねえかっ。なぁ?」
周りがはやし立て、男達が大笑いしている。
だがそれでもジキムートが、動かない左手をダラン……とさせながら、〝サー″との距離をはかる。
「俺は戦うぜっ! 逃げるなんてそんな卑怯な真似ができっかよっ! 全員戦ってたんだっ。逃げれるかっ。大体契約はどうすんだよっ。ギルドになんて言うんだっ!? 男のメンツを捨てる位ならっ、そんならここで戦って死んでやるよっ!」
ジキムートの言葉に〝サー″が眉根を寄せた。
殺気を放ち始める大男。
「卑怯……な。確かに。だが台本なんてこの国じゃ当たり前だ。この国の勝負はあらかじめ、引き分けって決まってんだぜぇ?」
「誰が決めたっ! それが雇った貴族の指示なのかよっ!?」
「いんや、俺らが決めたんだ。傭兵同士で決めてる」
「なっ……!? 馬鹿かそんな事っ! 立派な裏切り行為だっ」
目を見開き驚愕するジキムート。
確かに〝サー″の言うの事は、責任感や道徳観の無い言葉である。
だが……。
「そうだぜ? だがそれで良い。大体からして決着してどうなるってんだっ? 決着すれば儲かるってのか?」
「はぁ? 儲かるだとっ!? 金の為に陣営を売ろうってのかっ!? そんな戦争じゃ、決着つかねえだろうがよっ」
「ああそうだ。むしろコッチの方が良い。双方が売っちまえば、あとはお偉いさん同士でどうにかするしかなくなる。自分で前出て、考えてっ、そんで決着すりゃ良いんだっ! 終わらねえのは貴族連中が意気地がねえからさっ!」
「なっ……」
ジキムートが眉根を寄せた。
全く持ってこの〝サー″からは、戦いという物に対しての〝気概″だとか、〝命を扱う戦場への、尊敬″を感じないのだ。
漂うのはビジネスライクな考え方。
「そんな事あるかよっ! じゃあなんで俺らは雇われてんだっ。戦争に勝つ為だろうがっ!」
「いぃや? よく考えろよ新人。なんで台本が存在できるのかって話さ。台本ってのが成立するにはよぉ、きちんと筋書き通りに終わる事。それが分かってる必要があるって事さ。なんで、きちんと筋書き通りに終わるんだと思う?」
「筋書き通りに終わる……ってのはそりゃっ、お前らが手を抜いてるからじゃ……っ!?」
「あぁそうさ。でも、貴族も手を抜いてんだよっ! だってそうだろう? もし一生懸命に貴族が戦ってりゃ、俺らはヤルかヤラレるかの2択になっちまう。だが、そう言った危険がねえから、こうやっての~んびり台本通りやってられるんだよっ!」
「……っ」
困惑するジキムート。
だが、確かにそうだろう。
騎士団でもなんでもが、自分達で勇敢に戦えば、台本通りにはいかなくなる。
勇敢な方が損害を発生させ始めるからだ。
「どーっしても勝ちてえならそれこそ、全員で――。騎士全員で最後の一人になるまで、一騎打ちでもなんでもすりゃ良いさ。アイツらあの遊び、ホント好きだからなぁ」
「そうだそうだっ!」
「腰抜けの貴族共がやりゃ良いさっ!」
観衆達の言葉に、ニヤリと笑う〝サー″。
「やぁやぁっ! 我はボリテッリ一族が末裔っ! 勇敢にして名高いっ、獣狩りの勇者の子孫なりっ! ここにご集まりいただいた淑女たちっ! 私のこの勝利を、そなた達に捧げましょうっ! 私はこの家名の全てを賭け、戦い抜く事を誓いますーっ!」
「ひゃっはーっ! 良いぞ良いぞ〝サー″」
突然始めた〝サー″の演説に、衆目がはしゃぎたてる。
「どんな戦争にも負けず、私は武勲を示しっ! このツルギを、剣を持ちてっ! 立派に役目を果たしましょうっ! ゆえに淑女のお嬢様方におかれましては、どうかあなた様の洞窟に立ち入る事をお認めいただき、ぜひヌメッたご淑女様の股ぐらに、わたくしの剣を奉じさせていただきますようよろしくお願いしますぅっ!」
「良いぞっ! 俺のケツでも使うかぃ騎士様よーっ!?」
「誰かブタのケツでも持ってってやれーっ!」
〝サー″の貴族を皮肉った演技にはしゃいで笑う観衆達。
彼が言うのは、闘技場で行う騎士同士の一騎打ちの事。
アレはナンパの面が強く、現在ならば『合コン』のような物だった面があるのだ。
「……」
「なぁ一つ聞いて良いか? 今回の戦争は誰が起こした、何の為の戦いだよ、えっ?」
「それは……っ」
応えられないジキムート。
戦争が起こった理由。
彼はそんな事、考えたことはなかったのだ。
「だけどよっ!? 攻撃された村とかはどうなんだよっ!? 物を奪われ、女は犯されていくんだっ! こんなのが台本だっていうのかよっ!? そんなの無しだろうがよっ!?」
この戦争という台本。
だがその中でも、確実に収奪や強姦が存在する。
被害は実際に起きているのだ。
「いや、ありさ。大体からしてもし、ここで戦争が終わったしようか? そんで次がねえなんて誰が分かる? 勝負に勝って儲かった方はすぐに、別の戦争をおっぱじめちまうぜ? 一緒さ」
この時代は現代のような、野心が否定される世界ではない。
世界地図は明日にでも書き変わる。
「いや……。だが、仕事は仕事だろっ! そんな責任感がねえ事が通るかよっ!?」
「いんや、通る。決着は自分達でつけれる。国を消しとばす覚悟で、双方が戦えば良い。そこに雇われりゃ俺らも、死ぬほど戦うもんよ。でもどっちもが国が消えるのが嫌なら、引き分けが一番よなぁっ。そうだろう、お前らぁっ!」
笑う大男。
それに釣られて、グルリと取り囲んでいる傭兵達も笑った。
「お前みたいなのが一杯いると、コッチは困んだよっ! 考えて戦えよ同業っ。こちとら街に還って、一押しのアンジェちゃんと籠ってたいんだよっ!」
「そうだそうだっ! 全くよぉ。俺の母ちゃんにはガキができちまったんだっ。金がいるんだよっ、金がっ!」
闘う双方の貴族に気概がない以上は、それで良かった。
台本を書かせているのはひとえに、戦争当事者達の意欲の無さと、怠惰な考え方である。
それを傭兵達は察知して、最もビジネス的に旨味がある方を選んでいたのだ。
「俺が悪い……ってのかよっ!?」
白んだ顔。
自分を冷ややかに見る敵傭兵達に、ジキムートが気圧され始めている。
向上心のない、丸投げの仕事。
雇い主の意気込みが伝わってこない戦争。
そんな物に付き合う道理が無かったのだ。
「そうだ。守る気概も戦う決意もねえ戦いに、オモチャが本気出す訳ねえだろがっ! お前は完全に〝人″を読み間違ってんよ新人っ」
「人を……」
守りたい物に対する決意。
自分の国を守るのは、自分達である。
そう言う物が無ければ誰一人、いくら大金を払ったとしても動きはしない。