2章の9
「へぇ、結構良い宿じゃねえか」
ジキムートが部屋の中を見やる。
2人は5畳程度の部屋に、辿り着いていた。
そこは会議場になった部屋から、少し歩いた所にある建物。その2階の部分。
「なかなか、奇麗ですね」
ノーティスも、その部屋には納得のようだ。
宿舎自体がしっかりとしており、傭兵の宿舎とは思えない程上等だった。
おそらくは接収した物なのだろう。
廊下にある壁にはそこかしこに、四角く『染みになっていない』場所が見られた。
その上階段の取っ手には何か、無理やりそこにあった物を引き抜き、壊したような痕跡。
そんな物が散見された宿。
「特に変わったこと無いな、一か所以外」
「脱走防止用ですかね?」
2人の視線の先。
窓の先にはびっしりと、金網が張ってあってある。
しかも結構頑丈で、堅牢そうな……。
「ここって逃げ込める町や村が、近くにあったか? 馬車からはあんまり良さそうな町は、見られなかったが」
「いいえ。元々クラインの最前線部隊が、すぐ近くに駐屯してたので。バスティオンの街や村は全く。あるのは、選挙で後退せざるを得なくなったクラインと、侵入してきたバスティオン、双方の最前線基地だけですね」
「そっか、そうだわな。偉大なる神様の取り合いだもんな。じゃあ、戦争の備えか?」
この場所は太古の昔から、争奪戦の渦中にあった。
外にある高級そうな街並みを、金網越しに窓から見つめるジキムート。そして……。
「……。まぁ良い、そのうち分かるだろうさ」
そう言って荷物をドカッと置いたっ!
「おいおいっ、待てよ傭兵」
ノーティスがガッと、音がしそうな程にジキムートの肩を掴む。
「……。なんだ傭兵」
「私も窓際が良いんです。あなたは下ででも寝なさいよ」
「るっせぇ。これは早いもん勝ちだっ!」
部屋にはベッドが、一つしかないのだ。
残念だが、1人は下で寝るしかない。
「いいえっ! そこをどくんだこのクソ野郎めがっ! 大体相棒の名前はイーズ。察するに女だろうがっ! 譲るのだろう? 譲り慣れてる、そうなんだろうっ!?」
「いんや?」
傭兵の世界は甘くない。
もし、1つしか部屋が借りられない場合は……戦いだ。
時には流血もやむなしっ!
「……このクソ虫がーっ! 私には絶対に必要なんだっ、そのベッドはーーっ」
叫ぶといきなり、呪文を唱え始めるノーティスっ!
「我は炎に抱かれし者。誰にも侵されぬその力に炎の息吹をっ!」
ジキムートも剣に手をかけるっ!
「……」
後ろに大きく飛んだノーティスっ!
ダっ!
「ファイアーブリーズっ!」
シュボオオオッ!
「ギャアアアッ!」
断末魔。
そして……、すっきりした顔で、ノーティスが戻ってくると。
「譲らないならこうなりますよ、クソ虫共めっ」
声を弾ませながら、笑うノーティス。
「……」
すると、スッとベッドをどくジキムート。
そしてゆっくりとその、夜這いをかけようとしていたクソ虫の、焦げた匂いがする廊下への扉を、閉めた。
(イーズもやってた、それ。)
懐かしい光景。
傭兵がいようがいまいが、宿によっては流血だ。
悪いお宿に女が泊まるとなれば、否が応でもこういうイベントは仕方ないのだ。
ジキムートはとりあえず、空きのもう一方へと落ち着く。
そして少し早めに、2人は眠ることにした。
――夜が更ける。
ドーンっ!
がばっ。
「……」
「……」
深夜0時ごろ。
突然の大きな音が、町中に響き渡るっ!
2人はすぐに鎧をかぶり、扉に施錠代わりに置いておいた剣を担いで、外に出たっ!
そして1階へと移動すると……。
「……」
「嫌な顔」
ノーティスが頭を抱え、ジキムート達は立ち止まる。
それは、危険が回避されたと分かったから、ではない。
だがある意味、危険は無い。
なぜなら……。
「やはりお前らが一等賞か。おめでとう」
ヴィン・マイコンが笑う。
玄関の前でヴィン・マイコンは、静かにもたれかかっていた。
ジキムートはノーティスと目を合わせる。言わずも伝わるその言葉……。
「あ~鬱陶しいっ! おいっ! なんだっ、なんなんだよこの音はっ!」
「あーっ、くそっ! なんだよなんだよ、さっきから」
大声を上げながら、傭兵達が後から後から湧いてくる。
そこにはパンツ一丁の男たちやら、服を裏表逆にはいた奴らもいた。
「……見覚えあるぞ」
ジキムートがその顔触れを見て、ある事に気づく。
「ハイっ。では今から第一回、レクリエーションを始めま~す」
「……レクリエーションだぁ?」
「ここで名前をお呼びしますっ!シャッコウ君、風切りの太刀君、ドミテウス君、プゥト君、そして……ザッキエロ君。手を上げてっ!」
「……」
「……」
ヴィン・マイコンの芝居じみた言葉に、困惑顔の傭兵達。
そして……。
「まぁ、もうこの世にはいないから、手は上げれないわな~。……。俺は言ったぞ、女も水も食料も、売店以外で買うなって」
笑うヴィン・マイコン。
「2人は毒殺されてた。後は女をヤろうと下心出して、注意散漫で後頭部をえぐられた馬鹿と、住民を締め上げようとして罠にかかった奴」
言葉の途中、ピッと親指を立てた傭兵長殿。
その親指の切っ先を、自分の後ろに指す。
「いいかクソ共。この街の連中は、〝テロリスト″なんだよ。事あるごとに俺らを狙ってくる。町の中のモンには毒が入ってるし、女襲えば、ドンくさいアホはそのままご昇天させられる。これもその一環。夜になると毎回毎回……。ふあぁ~あ」
大きな欠伸一つ。
「そう言うこった」
話を切って去ろうとする、ヴィン・マイコン。
すると……。
「なんで捕まえねえんだよクソがっ! この町の住民なんぞ、全員クソゴミだろうがっ。俺が町の奴ら1人2人ぶっ殺して、分からしてやんよっっ!」
「あー、あー……。あぁ」
何かを言おうとして、ヴィン・マイコンがやめる。
そして、その傭兵がそのドアを開けて……っ!
ガスっ!
「がっ!?」
いきなり倒れたっ!
血を流し彼は、身動き取れなくなってしまう。
そうこうしているうちにも、倒れた傭兵の周りにはたくさんの――。
元々は大体、10センチ~15センチ位だろうか?
氷の砕けた跡が、放射状に跡を残していく。
「がぁっ!? 助けて……くれぇっ! ひぃっ!?」
「氷が降ってんだよ。見えねえけどもさ。あいつら適当に、こっち向かって撃って来やがる。その為の金網だ。部屋にしてあったろう? あれで大体はまぁ、防げる。大体は……な。夜出歩くとなると暗いから、見にくいんで……危ない。ふぁあ。そんでああなる奴が、多いわけだ」
そう言って眠そうに、倒れている奴を指さすヴィン・マイコン。
救助する気配がない。
「明日魔法士。特に土魔法が強い奴が、各部屋の点検と修理に回されっから……。気をつけろよ? 自分の部屋に、金目の物を置いておくな。無くなったとしても俺は知らん。これは毎日続くと思え。あと夜の見回りもするが、あいつら近づけば逃げる。どうやってかは知らんが」
ペラペラと悠長に、倒れて助けを呼んでいる傭兵を見ながら、話を続ける傭兵長殿。
だがこれは、傭兵全員に言えた。
外に見えるのは暗闇ばかり。
今だって道に突然、白い破片が広がっていく事に驚く始末。
夜道で尖ったゴルフボールが、無数に飛んでくる。
そんな状態で外に出ようと思う奴は、いない。
「もし、だ。その〝どうやってか″を見つけたら早々に素早く、早急疾風に俺に知らせろ。ふんっ、まぁ見つかるわきゃねえか。俺らも何度か探したが駄目なんだ。俺より無能なお前らがやれるわけねえなっ! うんじゃあまっ、話は終わり~。お~い、戻ってこい」
最後にヘラヘラ笑って、突っ立ってる傭兵達を馬鹿にしたヴィン・マイコン。
とりあえず……、窓に面した場所からは、避難しようと全員が心に誓った。
「戻って来いっつってんだろが。ちっ」
舌打ちするとヴィン・マイコンが、倒れて血を流す傭兵の元へ、おもむろに歩いていく。
その時っ!
ガシャッ!
一際大きい氷が、ヴィン・マイコンを襲ったっ!
――があっさりと、何事もなかったような顔で、傭兵を引きずり帰ってきたヴィン・マイコン。
「今どうやってアイツ、あれを避けたんだ」
「さぁ……?」
ジキムートとノーティスは互いに見やる。
それは、他の男たちも同じだ。
傭兵全員、その動きの『本質』が分からなかった。
ただ目に映った映像で言うなら、闇の中で降り注ぐ氷の塊がなぜか、ヴィン・マイコンに当たる直前に透明化。
そして、奴を上手く素通りして落ちた、としか言えない。
(〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″か。確か幻惑かもしれないとか言ってたが、どうだかな。そんなチョロい感じがしねえ。)
ジキムートは会議室で、ヴィン・マイコンと初めて対峙した時のことを思い出す。
突然殴られそうになった時だ。
あの時ジキムートは、足を踏み出していた。
それは、幻惑を警戒して、深い一撃にする為。
そして踏み込んだ後、間違いなく殴れるという感触があった。
(だが、伝説になる程の男だ。そんな簡単じゃないはず。ってことは、あの状態からでも避けてくる、と?)
「ほれっ」
適当な声を上げ、連れて来た傭兵をドシャッと乱暴に下ろ……投げる、〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″。
「ぐぅ……いてぇ。頼む、救護を頼むっ! くぅ」
「よしっ……。ぺっ!」
傭兵長がいきなり、倒れた傭兵の頭に唾を吹きかけたっ!
「なっ!? なっ……っ!? てめぇっ!」
「唾つければ治るって言うだろ。ほれ、もう大丈夫だ」
憤怒の顔の被害者を蹴って、さっさと立つことを促すヴィン・マイコン。
「なっ、ここには〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″があるんだろうがっ!? いてて……。それを……頼むって……うぅ。結構ふけえんだよっ」
「アホか。てめえらカス共にそんなもん使えるか。あれは厳重に管理されてんだよ。一部以外は全部、本国に送り届けてる。お前らに与えられるもんは一滴だって、ねぇ」
ぼさぼさの黒髪をかきながら、馬鹿にした目でヴィン・マイコンは言ってくる。
「なっ、そんな理不尽だぞっ! 怪我しても、回復さえまともに受けれねえなんてよっ!?」
「そっ、そうだっ。ここは神の奇跡の地だっ! そんな横暴がまかり通るかよっ」
「高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。俺らの真の支配者を奪う簒奪者には、最高で最悪の死をっ!」
傭兵達の目が真剣だっ!
確かにそうかもしれない。
例えばそう――絵画を勉強し、とても熱心な少年がいたとして、だ。
最も絵の近くで過ごせる、そう思って有名なミュージアムにバイトを申し込む。
そして、受かったとしよう。
その後配属されたのは〝外の″掃除。自分の希望を上司に言ったら、ほぼヴィン・マイコンと同じことを言われれば、その少年はその仕事を続けるだろうか?
私は無理だと思う。
傭兵達にとってココは、仕事がてらに神をおがめる最高で、最上の空間なのだ。
むやみに楽しみを奪えば、士気にも関わるだろう。
「とりあえず、今は無理だな。恨むなら先輩を恨め。あいつら〝ブルーブラッド(蒼白な生き血)″を横流ししたんだよ。それで〝あの″ギリンガムにバレちまった。分かるな、どうなるか?」
「……」
そのヘラヘラした顔で吐き捨てられる言葉に、反論できない傭兵達。
ココには信心深く、それにも増して、強欲の者が多いのも事実。
「でも……よぉ。ひと目くらいは神のお力に……なぁ」
「癒しの力がたんまりあって、救護もされないなんて。あんまりじゃねえかよっ!」
「せめて医療にだけはっ! それが人を愛する神様の、その加護の地の規範にすべきじゃねえのかよっ!」
そう叫んだ瞬間……。
「神の加護の、規範……? くくくっ」
「……」
この会話の間、終始。
薄ら笑いだったヴィン・マイコンが突如、苦しそうに笑った。
その笑顔にジキムートが嫌な、何か言い知れないおぞましさを感じとる。
「……」
それはノーティスも同じのようだった。
「だったらお前ら全員で、神に誓いを立てるかっ!? 勝手に〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を持っていた奴1人につき、10人の刑罰者っ。連帯責任って奴さ。そいつら全員に鞭打ち200。それが……、へへっ。ギリンガムに言われた交換条件だ」
「……」
ヴィン・マイコンの切り出した条件に、全員が顔面蒼白っ!
誰も反論できないでいた。
傭兵達の顔には、他人を信じるなんて、冗談じゃない。そう書いてある。
(だが、そんなんじゃねえ。アイツの顔は、傭兵のクズっぷりに笑った気配はしなかったぜ。アイツ神に……なんかあんのか?)
「でも安心しろ。ここには〝賞金首″がいる。そいつらを捕まえれれば話は別だ。〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟位なら、コップ一杯と言わず、小さな樽なら一杯分やろう」
そう言って笑う伝説の傭兵。
「樽、一杯だとっ!?」
「あぁ。お前の家に送り届けてやるよ。ギリンガムが直接、な」
薄ら笑うヴィン・マイコン。
市場に流せば恐らくは、金貨100枚位だろう。
時価にして3億円位と言った所か。
(顔が戻った。だが、いつも通りの意地の悪い顔だな、おい。)
大騒ぎする傭兵を尻目に、ジキムートがそのヴィン・マイコンの顔を観察する。
「その賞金首ってのは、誰なんだよっ!?」
「詳細は明日……な」
金目の話に湧く傭兵達を横目に、ヴィン・マイコンは話を打ち切った。
その様子に傭兵達がそろそろりと、自分の部屋に帰って行く。
「全く……」
ノーティスも歩き出した。ジキムートがそれを見送り……。
「お前、神様が嫌いなのか?」
ヴィン・マイコンに話しかける。
「そんな事はないぞ。あぁ高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。大好きさ」
「……」
(嘘の臭いがしない。だが……。)
「そうか、俺は大ッ嫌いだ」
吐き捨てジキムートは、自分の部屋に歩き出す。
「……」
ヴィン・マイコンが呆けたような顔で残っている。そして……。
「へへっ……」
その笑みは――。
どうだろう。
その笑みの内訳を教えてくれるならきっと、誰よりも本人が。
ヴィン・マイコン自身が、喜ぶに違いない。
「気に食わねえ」