2章の6
「よっしお前らぁ。じゃあとりあえず、俺の自己紹介は……やったな。イカしてすかして騙した男……」
「イカしてスカしてまかした男、だろ。全くお前は。せっかく考えてやったんだぞ?」
「へへっ、それでこいつがレキ。副長にして俺の所有物~っ!」
「ふざけるなっ!」
ガスっ! と音を立てて、おっぱいを揉むヴィン・マイコンの顔面に、裏拳を入れる女傭兵レキっ!
ヴィン・マイコンの鼻からばぁ……と、鼻血が垂れてきた。
「どうやらこうなる事を彼女は、知っていたみたいですね」
「だな。良かったぜ、待ってて。しっかし……。これがアイツらの〝掌握術″ってやつか」
会議室に集まった傭兵全員が、青ざめている。
さっきまで憤って、レキに殺到しようとしていた傭兵達が、見事なまでに棒立ちだ。
恐らくは、勢い余って飛びつく怖さを、自分の心で噛み締めただろう。
「あれが……。ヴィン・マイコンかよ」
「伝説の〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″。全傭兵の恐怖の象徴っ!」
「絶対的殺人鬼じゃねえか。初めて見たぜ……」
次々とヴィン・マイコンを称賛――。
いや、畏怖する声が聞こえてくる、が。
「へぇ、ヴィン・マイコンは強いわけだ。で、おい。あのレキって女はどうなんだ?」
ジキムートがノーティスに聞こうとした所。
ドンっ!
「ところで君たちっ! ヴィン・マイコンを知ってる奴は多いだろう。だが当然、それよりも強いと専ら自慢の僕っ。〝勇者レキ″を知っている者も、たくさんいるよねっ!? 知っている者は手を上げてくれっ!」
……。
「……」
「レ……キ」
全員訝しそうに頭をかく。
誰一人として手を上げる者はいない。
その戸惑いの表情に……。
「……うぅ」
「はて――。レキとか。聞いたっけかぁ?」
「いや、〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″には、付き人はいなかったような……」
「大体勇者ってなんだよ。ドラゴン殺しか? それなら知らんはずがないんだが、な」
段々と屈みゆくレキ。そして。
「うっぅ。良いんだ。本当は……。僕は本当は、ヴィンより強いんだ。それなのに〝勇者レキ″をなぜ、世間は認めないんだ」
とても暗く、陰鬱かつ重症。
泣きそうな目で体育座りしてしまう、レキ副長。
「あ~」
その姿になんだか傭兵達が、可哀そうな気分になる。
ちなみに屈むレキは本当に、見事なまでにゆるやかで、パンっと張った放物線を描く太もも。
それを晒していた。
そして何よりパンツが見えそうなので、必死に屈んだり、覗き込んだりする奴らは多い。
「そっ……その。気にすんなって。アハハ」
「まぁ、人間そう言うこともあるさ。時代が変われば……、ほら」
なんとか慰めてやろうと傭兵達が、気を遣う。
「と言うわけでだ。勇者レキさんが戦意喪失したので、俺が説明すっぞ」
暗く、どんよりと座るレキの前に立ち、ヴィン・マイコンが説明を始めていく。
「とりあえず、受付に来た順番に、部屋割りをしておいた。部屋に入ってそして、状況を確認しろ。それだけで、今日はもう良い。そんで明日からは部屋ごとに、適当に仕事を割り振る。以上だ」
「あと……水や食料は、ここ以外では買ってはいけない。そして外に出るのもお勧めしない」
「あっ、あぁ。そっか」
ヴィン・マイコンが頭をかく。
全く持って、見た目通りヴィン・マイコンは、適当な男らしい。
レキが一応、暗く沈み込んだ声で、補足説明をし始めた。
「女も少し待て。後で補給物資と共に、女も来る。明日……。朝が来るまでは我慢しろ。すぐに分かる。そして何よりもっ!」
ドンっ!
「この聖地でっ、一番最初にすべきは僕の名前っ! 僕のレキという名前を覚えて帰ってくれ~~っ」
だばーっと涙を流しながら、レキが叫んだっ!
そのなんとも切実な、売れない40を超えた、芸人のような悲壮感。
それに思わず……笑いが噴出。
「くくっ。れっ、レキな。分かっ……。くくっ」
「りょっ、りょうか……。ヒヒっ、あはははははっ」
笑う傭兵達にふふっと笑い。
「僕の仕事は終わった。じゃあ君たち、お利口さんにしておくんだぞっ!」
レキは女性らしいしなやかさで、指を立てた。
そしてヴィン・マイコンと共に、会議場から去っていこうとする。
もうあの、どんよりと殺伐とした雰囲気はない。
血は壁に吹きかかっているが、傭兵達の心情には明るさがある。
彼らの人心掌握は見事に、成功していた。
「色々言ってたな」
「ええ。なんとも不安になるフレーズをたくさん」
ただ、その中でもジキムートとノーティスの2人は、顔色が優れない。
レキの雰囲気で誤魔化されたが。
何気に、傭兵が知るべき事。
命に関わる話が、適当に説明された言葉にたくさん含まれている。
考えていると2人。
レキとヴィン・マイコンが、目の前に歩いてきていた。
「よぉあんたらが、えと……」
「ジキムートとノーティス。だよね? そして、僕の名は?」
ぐいっと前に出て、耳を寄せてくるレキ。
あまりに気さくに、奇麗な顔が近づいてくる。
その事にジキムートが少し、びっくりしてしまった。
「んっ……? あぁ、レキ。レキな。副長だろう?」
「そうだそうっ。ついでに勇者だ、ジキムートっ。良く分かってるじゃないか」
ぺしぺしっと胸の鎧をはたいてくるレキ。
なんとも嬉しそうだ。
「あんたらがあの、ビッチ嬢直属だろう? 俺らもそうなんだ」
「へー」
ヴィン・マイコンの言葉に、なるほど、と言った目になるジキムート。
確かにレナだったかヴィエッタだったかが、名前を出したのを思い出す。
「ところでジキムート。お前さん、どうやらペテン師らしいが……。そんなペテン程度で、ココでやってけるのかよ?」
あっさりと、他の傭兵の手の内をおおっぴらに話し、見下した様子で聞いてくるヴィン・マイコン。
態度が悪い。
「知らねえな。それを決めるのは戦場だ、お前じゃあない」
鋭い目で、2メートル近い大男を睨みながら、ジキムートが応えた。
「確かに確かに。面白い事言うな、だが……、ここは荒くれもっ!」
ビュンっ!
その瞬間、拳が迫るっ!
「……」
「……」
2人は見合ったままだ。
ヴィン・マイコンの拳が、ジキムートが腕でガードする首筋に。
ジキムートの足が、ヴィン・マイコンの両足の隙間に入っていた。
「の達の集まりだぜ。ほら……ゴミがついてる」
「そうか。お前の足元には、ハチが居たぞ」
ヴィン・マイコンは薄ら笑って、すっと手をどけた。
それを見届け、ジキムートが足をひっこめる。
「で、そちらはノーティスさんかな? 良い女だ。どうだこの後、会議と会食を2人で。この聖地で最も美しいレストランにでも、入ろうか」
すぐさまノーティスに、握手を求めるヴィン・マイコン。
声色が変わっていた。
「いや、私は女ではなくて男です。お間違え無き用」
断るノーティスは、まぁ……悪い顔ではない。
ヴィン・マイコンは、そこそこにイカした顔をしている。
ノーティスもそれ程、毛嫌いはしてないようだ……がっ!
「そいつは失礼。じゃあ……」
ぺしっ。
「よろしく。僕はレキだ」
突然ノーティスの視界は、レキのニコニコした顔でいっぱいに、ドアップで埋め尽くされていた。
「……あの、レキさん?」
にこにこ顔のレキとは対照的に、ノーティスは、ヒクヒクと眉を痙攣させる。
「なんだい?」
「胸触るの……、やめてくれません?」
「ははっ。ただの男同士のスキンシップじゃないかーっ」
「とんでもなく。そう……。とんでもない、イヤラシさなんですが」
明らかに先端。
乳首の先端を探して、指をスムーズにしならせ、必死にコスっているレキっ!
「いや、ほら。ここで会ったのも何かの縁。乳首くらいは勃たせておきたいなって。こんな可愛いの、ヴィンの奴に先を越されないようにしないとだしっ」
二コリっとさわやかに、ヨダレを垂らして笑うレキが眼鏡を上げた。
男より遥かにいやらしい事を、サラッと言い放つ。
「俺は揉むだけだ、あほっ! 乳首を勃たせたりしねえっ。おめえとは違うんだよレキっ」
「ははっ、馬鹿を言うなヴィンっ! 僕はテクニシャンだから結果的に、勃っちゃうんだよ。これはあくまで自然の成り行きさっ!」
「……」
ノーティスの顔が引きつっていた。
恐らく、レキとヴィン・マイコンは似た者同士だ。
性格の〝本質″が、同じである。
「ふ~ん、だがノーティス。まぁ、男……ねぇ。でもあんた、そんなナリで強いのかよ?」
男だと言った瞬間に、態度が変わるヴィン・マイコン。
やはり馬鹿にしたようにノーティスに、ヴィン・マイコンが聞く。
態度は当然、わ・る・い。
「私は魔法士ですので、腕力は全然ですが……」
瞬間、ぼそぼそっと何かを唱え……。
「第3階級くらいの力は、ありますよ」
魔法の炎を出して見せたノーティス。
「へぇ……すごい。すごいよっ、この炎っ! 練度が桁違いだっ。確かに第3階級くらいはあるかもね。すごいよ、うん。君の4柱の加護は、ヴィキ様なのかい?」
レキが、その炎の中身を見ながらうんうんと、しきりにうなずく。
そして不意にノーティスに聞いた。
「いえいえ。それは秘密ですよ」
「ふふっ。まぁそりゃそうか。手の内は明かさないよね、普通」
レキとノーティスが笑った。
並んでいると、美しさの質と性格の違いが、白と赤の対極性を持つように見えた2人。
「ほぉ、第三階級、か。そりゃすごい。どこの出身だ?」
「傭兵に出自を聞くなんて、正気ですか?」
「……。それなら、どこの流派だ?」
何か……。
お気に召さない様子でさらに、ノーティスにヴィン・マイコンが聞く。
「カイノ学派です」
「へぇ、流派があんだな。野良の傭兵の癖に。そりゃ魔法士としては、大いに箔がつく。しかもカイノ。かなり高名だ。それなら実勢にも投入できる。それが本当なら、な」
「本当です。これは間違いないですよ」
ノーティスが言った言葉に、ヴィン・マイコンが上を見上げて、何かを考えている。
「ふぅ……。それならカイノと言えば、あの爺さん。ヨボヨボでいつ死んでもおかしくないと言われてから30年、通称〝バッケンロージジイ〟は元気か?」
「……。さぁ、私はそんな爺さん知りませんが?」
「そんなはずはない。あの爺さんは有名だ。あの爺さんが生きてたら、アンタが使ったあの焔の魔法。あんなの、使わせないハズだが?」
その言葉をヴィン・マイコンが放ち、静止する。
「どう言う意味でしょう? 普通の魔法ですが?」
「カイノでは、そんな魔法は教えてねえ筈だ」
「さっぱりです……」
「……」
気まずい静寂が支配するが、答えが返ってくるまでは引きそうもない、ヴィン・マイコン。
2人は見つめあっている。
ヴィン・マイコンは、頭をグラグラ揺らしながらまるで、試す様に見ていた。
(ノーティスはどうやら本当に、魔法の腕は逸品のようだが……。気にしてんのは、魔法の腕じゃあないのか?)
ジキムートが訝しそうに、ヴィン・マイコンを見やる。
「申し訳ないが、分からないな」
「……そうか。へぇ……。だったら俺の見間違いかもな。悪いがもう一回、魔法を使って見せてくれ。2人っきりで、さ。これは命令だぜ」
ヴィン・マイコンがわざと大仰に言って、ノーティスに詰め寄っていく。
「……。残念ですが、お断りしますよ。私はあなたに認められなくても、ここにとどまる権利を持っている」
ここで初めてノーティスが、ヴィン・マイコンをにらみつけた。
「……。気に食わねえ」
ぼっそりと、小さな声で言葉にしたヴィン・マイコン。
恐らくは気にもせず、口からこぼれたのだろう。
ヴィン・マイコンとノーティスが睨みあう。
すると……。
「ふぅ……、ヴィン。美男子相手に遊んでるんじゃないよ。ベッドに男同士で入ってみるか、悩んでみるのも悪くない。だが今は任務中。僕たちは、ここまでにしようか。仕事がある」
眼鏡をクイっと上げて、割って入るレキ。
「……」
ノーティスはレキの言葉に何か、苦々しい顔をしている。
「ん。あぁ……。まぁそうだな」
なんだか納得しない様子だが、レキに促され仕方なく、体の方向を変えるヴィン・マイコン。
「またね~。あっ、今度は僕の乳首、勃たせてみるかい?」
その言葉に即時っ!
数人の傭兵が、レキを凝視した。
だが気にせず、2人は奥へと歩いていく。
「ふぅ……」
呆れたように脱力し、黄色の髪留めを触るノーティス。
「あの2人なら、この人数の傭兵が集まる理由、分かるぜ」
そう言って、2人が去った後の室内を、ジキムートが見渡す。
かなりの人数が居た場所。
街角にも、十分な兵力が見えた。
お金を出して集めたのだろう。
それは普通で当然――。
と、思うのかもしれないが、そうでもない。
「ヴィン・マイコン。この名前は絶大ですからね。勝ち目を感じるのは必然ですよ。まぁ、それだけではないのですが、ね」
周りを見渡しながら、銀の髪をときほぐすノーティスは、不機嫌そうな顔だ。
傭兵と言う物は、遊びで人殺しをし……。
いや、まぁそれは良いとしても、だ。
金がもらえるからと言って、何でもするわけではない。
『生き残って豪遊して、楽しく行きたい』から、なんでもできる傭兵をしている。というわけである。
前提条件を忘れがちだが、決して侮ってはいけない。
「勝たなきゃ意味ねえからな。女も金も、どっちも手に入らねえ」
勝てば官軍。
その村の女も。
残った酒も食べ物も、そして、名誉でさえも。
全てが自分たちの物。
楽しめる。
だが、負ければ金が払われるか以前に、自分が楽しめなくなる。
ゆえに負け戦には、厳しい現実しか待っていない。
どれ程金を積んでも、傭兵すら集められなくなるのだ。
戦争は血みどろの戦いが始まる、その前。
勝敗の臭いを漂わせた時点で、決する事がある。
これを知っておかなければならない。
「だが、その勝ち筋に乗ってドボンっ。なんて事に、ならなきゃ良いがな」
「そうですね」
頭をかいて、ジキムート達が自分の宿舎に歩き出した。
外はもうすっかり、暮れている。
青い屋根が赤で焦がされ、まるで炎の海が波打っているように見えた。