2章の38
「お前たち、肉を手に入れたぞっ!」
「本当っ!? お姉ちゃんっ」
姉の言葉に、今までうなだれ、残っていたドングリの殻と、手近にあった雑草。
そんな物を必死に歯でしがみ、喉の奥に無理やり流し込んでいた姉弟達が、色めき立つっ!
「あぁっ。そこに居た瀕死の狼を叩き殺せたんだっ! 運が良かったよっ!」
「やっったぁっ!」
大喜びするクイーグっ!
「でもそんな事して、大丈夫なのお姉ちゃん? また村の奴らが……」
「あぁ、狼は害獣だからねっ! モンスターと同じさっ。文句は無いハズだよグレミスっ!」
「やったぁっ!」
少女の言葉に子供達が、雄たけびを上げるよう空へと、歓声を木霊させたっ!
「さぁ食べようっ! 少しだけだからゆっくり食べるんだよっ!」
「……」
そして彼女らはそれを焼き、口に運んでいく。
「うあぁ……うんめぇっ! こんなにうまい肉、初めてだっ!」
「……」
笑う子供達。
彼らは久しぶりのタンパク質に、むしゃぶりついていた。
その顔には笑顔が戻るっ!
本当に量としては拳大の肉。それを6等分程度。
だが、その小さな肉の破片でも子供たちには、貴重で勇気が湧く物だったっ!
すると……。
「じゃあ狼なら……ゲホゲホッ! 毛皮も手に入ったんだお姉ちゃんっ!?」
……。
「あぁ……いや、ごめん。それは無いんだバーブマン」
「えっ? なんで?」
「……。いや……それは。あのね……。えと」
少女がバーブマン。年は7か8位だろうか?
活発そうな男の子の問いかけに、うつむく。
「良いお金になるよっ、お姉ちゃんっ!僕は猟師の子供だからね、解体を任せてよねっ」
「……いや、その」
困る少女。すると……。
「良いんだよっバーブマン。あんまりしつこいと、姉ちゃんに嫌われるぞ。」
「なっ……グレミスっ! いきなり何なんだよっ、また姉ちゃんを独占するつもりかっ!?」
「全く……うるさいな、バーブマンは。少しは黙って食え。だからイの一番に腹が減るんだ」
「なっ!? なんだとナバルっ! 年下の癖にっ。大体一番はほとんどクイーグじゃないかよっ!」
「……んーっ。はふふっ」
……。
「……はふっ、はひっ」
……。
「ほら。お前のたわごとなんて、クイーグにとっちゃ意味ないって事さ」
「な……なんだよ」
笑う少年達。
「またお姉ちゃんが狼探してくるから、待ってなよクイーグっ!」
「うんっ!」
姉の言葉に笑う少年。そして……。
「……。来た」
村人たち数人、こちらに来る。
「はぁはぁ……。早くしろってっ!」
「あぁ分かってるよっ。アンタ傭兵だろっ!」
中にはあの、少女の体の代金を払い逃げした男も、混ざっていた。
それを少女は待ち受けていたのだ。
その顔に浮かぶのは恐怖とそして、焦燥感。
ドサッ!
「たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。我らの……」
「始まった」
声に反応し、彼女は小さい体を駆使し、司祭――。
あの少女を邪険にした、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″と、村の男たちが群れる場所。
なんとかそこに近づいていく。
片手にナイフを持って。
「我らをマナの導きによりて、もう一度この地へ。ダヌディナ様の、その優雅なる御手に抱かれ、蒼なる者へと還れますように」
……。
「おいっ! ヤバいって逃げるぞっ!」
まじないが終わるや否や、叫んで男たちが逃げていくっ!
すると……っ!
「行った。よし……」
すぐさま少女がその、浅く掘られ、蒼い薄布一枚を羽織らされた、水が張られたビチョビチョの物体。
それに取り付き、布を強引にはがしたっ!
「よしっ! 今日も大人だっっ!」
喜んだ彼女は、すぐにその――。
男の腕にナイフを刺すっ!
「早く……早くっ! 来ちゃう、来ちゃう……」
少女はその死体。
死んだ人間の拳を切り落とそうと、ナイフを滑らせるっ!
だが、前よりも滑りが悪い。
どうやら前に切断した時に、刃こぼれが起こったらしい。
護身にすらならない程度の、フルーツナイフだ。
仕方がないかもしれない。だが……。
「なんで……なんで切れないのっ!? 前は結構……。……っ!?」
恐怖と無知。混乱する彼女っ!
すると……っ。
「ブヒヒッ。ぶひっ」
「キキっ! グギキぃッ」
前から音がしたっ!
そこには別々の方向、別々の、全く違う影。
「オークに……。リザードマン」
そこは墓場だった。
彼らは恐らくは、野良のモンスターだ。
こう言った場所は野良モンスターにとっては、最高の狩場になる。
「ぶひひっ。今日のご飯はあんだろなぁ。びひっ。早く行かなきゃ、ぐくっ。ほかの奴らに取られちまうっ」
彼ら程度では人間を襲えない。
装備も貧弱で、何も防具らしい物は無いに等しいのだから。
なのでここで死体――いや、ご飯が運ばれてくるのを待つのだ。
「今日の飯は……しゃっ。なんだ。俺、子供だ。アイツらはちょうど良い大きさなので。早く行くっ」
幸いたくさん死ぬ時代。
待ってれば、運が良ければ1日3食も、豪華に食べられた。
「はぁ……はぁっ。なんとか少しでもっ。ちょっとだけでも良いから手に入れなきゃっ!」
モンスターを前にし、それでもしがみつく少女っ!
まだ少し、距離があるように見えた。
「あの、ブヒヒッ。乗ってるのは人間? ガ……ガキか、他には……誰も。ぶふっ。誰も……居ない?」
周りを確認する豚面。
ハッキリとクッキリ、しわが段々を描く。
ブタと言うより、毛の無いイノシシに近い。
まるで、殴られたように目が垂れている。
ヨダレが二足歩行のせいで、胸元をテラテラと輝かせていた。
しかも、落ちたヨダレが固まったのだろうか?
胸の毛やそこらには、コケらしき物が生えている。
鼻息は荒いが音は薄い。
そのせいで濁音が強調され、濁りが強く出る喋り方をする、そのオークマンが少女を見た。
「うあ……あぁ」
少女がモンスターの視線に恐怖するっ!
荒い殺気と、モンスターの目線。
その場で硬直してしまう彼女っ!
「墓場で一人。捨て子か? コイツも……ビヒッ。頂くか。小柄だが、うまそうだっ!」
舌なめずりするオークマンっ!
少女は久しぶりの、新鮮な肉なのだ。
良い血の味を思い出し、ヨダレが止まらなくなっていた。
そのヨダレがまるで、お漏らししたように、ズボンまで濡らしていくっ!
「ヒィっ!?」
ヘタリ込む少女っ!
目の前のオークマンは、背のタケせいぜい160程度だが、少女にとっては十分に大敵だっ!
しかも食人を好む。
彼らにとっては人は、ご飯でしかない。
「シャァ……。待てよ、豚ぁ」
「ブフッ、リザードマン。いっ居たのかよ」
「ガキは我らにとって、最高だ。丸飲みに適している。お前はあっちの爺さんをヤル。さっさと……行けっ」
比較的小型の人。
と言うより、無理やり手足を付けた、アナコンダのような蛇人間。
それがオークマンに待ったをかけるっ!
この蛇人間、どちらかと言うと蛇その物に近い。
体長は大きく、大体2・5メートル。
だが、地を這うように頭を伏せ、ヌットリと濃度の高いぬめりに覆われたウロコをまとう。
そして、頭は大地スレスレを這っていた。
首が異様に長い、コモドドラゴン。
そう言えば完ぺきかもしれない。
だがもう一つ、このモンスターの容姿には、特徴的な場所がある。
それは、大きく張り出した目。
異様にくるくると、カメレオンのように回っている目た。
その目でオークマンを睨みつけるリザードマン。
「それはダメだブフッ……ブゥ。せっかくの生きた人間。俺も……ふぅふぅ、食べたい。きっと満足すんだ」
2匹がにらみ合う。
「はぁ……はぁ。だ……ダメッ! 逃げなきゃ」
その間に、少女は逃げようとした。
だが、体が思うように動かないっ!
滅多に間近でモンスターを見ないのだ。
恐怖に体が硬直してしまうっ!
「だが……仕方ないんだ。仕方ない、ビヒーッ。半分だ。あっちも、こっちも。早くしないと、色々と来ちまう。人間ってのは馬鹿だから、同族食いはしねえ。賢い俺らは違うんだからよっ!」
焦っている豚面。
早急に手打ちを申し込むっ!
「そう……だな。良い……ジュッ。そうするかっ」
紫の舌を出し、リザードマンがうなずいたっ!
その顔は大地スレスレにあって、上にあるオークマンをクルクルとした目で見ている。
だが、体は向こうでオークマンの後ろを取ろうと、画策しているようだ。
いつでも優位を取る用意が見て取れる。
「腹から下がお前、上は……俺。ぶひぃーーっ!」
ダっ!
突然叫んで豚面が、少女に一気に走るっ!
掛け声なんぞ、あるわけがなかった。
そして大きく口を開け……っ。
「イヤァアッ!?」
泣き叫ぶ彼女っ!
体が動かず、必死に地面の上をあがくっ!
「……」
「……」
……。
なぜか動かない2体。
何かを必死に、どこかを探している。
「どう……したの? 動かない……。逃げなきゃっ!」
その間に彼女は、全力で地面を這い出したっ!
そして必死に走り去る、その場所。
ザアアアァッ!
樹々が揺れる。
「……。なんだこの、異様なマナは」
「何かが居る……。ジュルジュッ! この間までこんな力は……」
2匹が目を白黒させる。
汗が落ち、恐怖とおののきが浮かぶその眼。
そして、2匹はその場をすぐに引き払ったっ!
「はぁはぁ……。少し、濡れちゃった。あとでキレイにしなきゃ。……ぐすっ」
涙を拭く彼女。
少し漏らしてしまったようだ。
走り疲れてやっと、気づいたらしい。
少女は力なく、トボトボと歩いている。
残念だが今日は、何も食べれない。そう報告する為に、姉弟の元へ。
すると、目の中に青い、マントのような物が視界をかすめた。
「あれは……? 〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″様っ!? もっ、もしかして私達を保護して下さるのっ!? おーいっ!おー……いっ!」
「……。あと1人、見つかりました」
「即座に殺しなさい。もうすでに汚染がひどくなっている。逃げたのも見つけ出し、すぐに浄化にかかります」
「はい」
シュッ!
「エッ!?」
ドサッ! トトト……。
その氷の剣があっさりと、彼女の首を裂いたっ!
そして染みだしたのは……赤。
そう、赤だけ。
「バー……ブマン。クイーグにグレミス。ナバ……ル」
彼女はその死体。
兄弟たちの無残な死に様を見て、涙を流した。
だが、その涙が今後一生、4柱の神に届くことは無いだろう。
なぜなら彼女はもう――。
「あったか?」
「……」
ローラの問いにブンブンと、頭をふるアサシン達。
「おかしい。遅いではないか。よもや失敗だとでも? あれほど大見栄をきっておいて、あの売女っ」
「これでは隠れ切れませんが、まだ探しますか?」
少し考えローラは天を……。
サンサンと照り付ける太陽をにらんだ。
「あぁ、見つかるまで探せっ! 我らが唯一、奴らの根城に入るチャンスかもしれないのだっ。これを逃せば、ヴィエッタ様に申し訳が立たないっ!「はいっ!」
ローラの命令一下、散開する黒づくめの者達。
「チッ、手間をかけさせやがって、あの娼婦がっ」