2章の3
「では宿舎へと向かいましょう。それにしてもすごいですね……、この町。魔力が桁違いに鋭い」
喋りながら、2人は歩いていく。
ノーティスが知っている、傭兵の宿舎へと。
「そうなのか? 俺は魔術はからっきしだからな」
「知ってます。でもさすがに魔法の基本。魔力発動の原理くらいは、傭兵なら分かるハズ。防御魔法が最も簡単で、初級だと言われるゆえんのアレです」
「あぁ、まぁそれぐらいは」
当然知りません。
「それに沿うなら、私達を襲った馬車への、あの最後の一撃。あの氷塊はかなりの練度だ。位置はドンピシャ馬車の上。威力は言うまでも無し。それを遠隔からやるなんて……。ふふっ、信じられない」
(総合すっと、距離と威力、そんでもって精度。この3つの相関関係か。遠い程、制御が難しい感じすんな。防御が初級、ね。手元に出すもんな普通。って事は大概は、突然攻撃が上から降ってくる事はねえってこった。良いね、この世界の魔法は俺にぴったりだ。なるほどなるほど。)
魔法を現出させる位置が、離れれば離れる程に、必要な魔力もMPもアップ。
あまつさえ、現出位置のズレが大きくなる確率も増す。
自分の手元以外で、魔法を出現させる可能性は低いわけである。
「へぇ。やっぱすげんだな、あの攻撃は。どおりであんま見ないと思った。それで、お前はどうなんだ? アレくらいはやれそうか?」
ふふっと笑い、冗談っぽく聞くジキムート。
これなら、やれるよな?
の意味と。
やれる訳ねえよな? の意味が持たせられる。
ジキムートは、ノーティスが喋る魔法の原理の破片。
それを聞き漏らさず、学ぼうと話をうながす。
「ははっ、ご冗談を。あり得ないっ! やれるわけがないでしょう。1人でも2人でも、10人でもっ。絶対に無理です」
ノーティスがジキムートの言葉に笑い、手を振る。
「ここは生まれ持った環境が特殊。この町の連中は昔から、水だけを追い求めているハズ。だからあんなに簡単に、魔力を合わせる事ができるんでしょうね。魔法を合わせる難しさは、傭兵を考えてみれば、分かるでしょう? 呪文も効果もまちまちだ」
「あれは傭兵共が、適当だからじゃねえのか?」
「いえ。一言でいえば呪文とは、何に語りかけるか。どう語りかけるか。ですから。マナビルドの途中で、どういう経緯をたどるかは、魔法士の至上命題。いわば個性なんですよ。簡単に言えば、ノミで彫るか、クワで掘るか。です。それを合わせるなんて、ずっと一緒の友達同士でも難しい」
人の癖は、どうやっても付きまとう物。
いつもと違う方法では、まともに魔法を扱えなくなるのは至極当然だった。
特に、力をあわせる以上は、上級魔法となる。
個性がかち合うと、魔法が形成できなくなるのは必然だった。
「なるほど、ね。それを合わせて威力上げるなんて、相当だと」
「ええ。先程の威力ならば、宮廷魔導士10人が一日一回力をあわせて、なんとかできる代物。それをおそらくは、一般の住民がやっている。何人でやったかは知りませんが、魔力も魔力容量も、そして何より信仰心も、段違いです。魔法専門の私クラスの傭兵が、何人集まってもやれる自信はない」
(マナにあふれていても、やはり人間は人間、か。人の限界と、それに伴うルールは避けられねえ。こっからは魔法との戦いも、想定に入れていかなきゃなんねえ。気をつけないと。)
「ねぇ……。ジーク。アンタあと何回やれる?」
赤く色づいた唇が迫る。
「後は……。数える、ちょっとまて。1・2の……、え~っとな」
巨大な芋虫の群れから隠れながら、ジキムートが指折り数える。
少し人影がはみ出る程度の岩場に、2人が居た。
しかし敵は、光ではなく音を頼りにしているので、少し見えていても気づけない。
奴らは耳が良い。
お互いに耳元で囁きながら、言葉を交わす。
「ねぇ、あと一枚タトゥーちょうだ~い。少ないんだよね」
そう言うとやおら細い指で、懐を探ってくるイーズ。
「あっ、こらっ!? 無茶言うなっ、お前と違ってこっちは札を、ラグナ・クロスを開ける事だけに1枚消費すんだぞっ。そんな余裕はねえっ!」
「そんな事言ったって私、タトゥーなきゃなんもできないじゃんっ!」
唇をとがらし、自分の窮地を訴える相棒。しかし……。
「だったらお前、バカスカとタトゥーを〝トラッシュ・ディ・アマス(一撃必殺)〟に回すんじゃねえよっ! こっちも7枚しか残ってねえみてなんだっ。7……か、良い数字だぜ。運が良いっ」
「えぇ、面倒じゃ~ん。〝食べ残し(マイオセス)〟は疲れるんだよねぇ。体がドクドクするし……」
「〝マイオセス(魔力割置)〟型は本来は、効率重視だろうがっ。お前の魔力なら十分、小分けで行けるんだ、効率よく使えっ!」
イーズ曰く、食べ残し。
通称〝マイオセス・アート(魔力割置)〟。
これは、1枚のタトゥーで長時間、小分けに魔法を使用する場合によく用いられる、基礎的な魔法技術だ。
逆に、イーズのように一撃必殺の、トラッシュ・ディ・アマス。
たった一撃に、タトゥーの全てを使い切る方法は稀である。
「1枚で1撃っ! 潔く、一撃強化っ! キリが良いでしょぉ? これが夢ある魔法使いの生き様よっ」
むやみやたらに派手な、いぶし銀を吠えるイーズ。
「生き様を変えろっ! ってかお前は、数を数えるのが得意だろうがっ! なんの為の頭だよっ!」
それにジキムートが抵抗するが、しかし……。
「どったらいっしょねえ? えへへ。でさっ、ねぇねぇ。それで、タトゥーもらって良いよね~?」
全く譲る気がないイーズ。
自分の耳にかかった、紅の髪を遊びながら聞いて来る。
「アホ垂れっ! ぐぬっ……。残りは7枚だ。えと、あと3回は最低でも使いたいんだから。それ……で? 3回魔法を使うのに、俺は1度で、2枚使うんだよな。すると、何枚必要なんだチクショウっ!」
必死に2という数字を指で折る、無学のジキムート。
数字に沸騰する脳みそに苦しみ。
そして、胸を揉みしだいてくるイーズからも、抵抗しなければならなかった。
「7枚なら一枚、良いんだよっ! って事で~、へへっ。前方から大きくいくねっ! じゃあ省エネで、なるべく大きめの――。う~ん、どったらいっしょね?」
一瞬で計算し終え、イーズがジキムートの胸からタトゥーを一枚、さっと抜き取ったっ!
そして自らの白い肌に、奪い取ったタトゥーを張り付ける。
じゅうう。
「あっ!? ちょっっ。7枚から一枚減ったからえと、残りは1・2の6枚。3回分残ったか、ふぅーっ。だが7は終わったぞ、クソがっ!」
数を数えられない傭兵が、立ち上がるイーズに遅れて体を起こすっ!
そして2枚のタトゥーを、自分のラグナ・クロスにへばりつかせ……。
ジュウ……しゅぼっ。
「うぅあぁ……っ!?」
肉が焼ける臭い。
この痛みは、何時になっても慣れない。
普通の人間の2倍の痛み。
だが、仕方がないのだ。
彼の呪文は特殊。
どうあがいても1枚では、ラグナ・クロスを開けれる時間が足りなくなる。
「よし行けジークっ! 次は〝開きっぱ(インソレンセ)〟だっ」
叫んで宣言通り、ラグナ・クロスを開きっぱなしにするイーズっ!
「なっ、開きっぱって、お前それっ! ちょっと待てイーズっ。〝インソレンセ(猛焔)〟はっ!? お前の魔力でそいつはま……っ」
シゥボボッ、ドヒュンっ!
解き放たれる、極太のビーム砲っ!
魔力の波が一気に、イーズの腕から噴き出したっ!
すさまじいスパークルを上げ、とんでもない範囲を焦がすイーズっ!
彼女の圧倒的な質量の、太いビーム砲の威力は絶大っ!
猛烈な力で、樹々をなぎ倒していくっ!
「あ~、すっきりした。ふぅ……。これで一気に、5分の1くらいは飛ばしたぞっ! どうだっ、1枚でたくさん焼いたよジークっ! これぞ省エネっ!」
「って言うかお前ーーっ! 〝インソレンセ・フレア(猛焔)〟でこんなに燃やしたら、森がっ……。森がーーーっ!?」
被害は、森一画。
焼き尽くした後には、悲惨な剥げた山肌が見えている。
焦げた木々が炭と化し、鳥は泣き叫んで飛んでいく。
そして……、黒く飛び立つ者の中には、ジキムート達に寄ってくる者たちも。
「あぁ……。こっち来ちゃいそうだね、あれ。ごっめんジーク」
ジキムートに謝るイーズ。
どうやらうっかり、いらぬお客さんを呼んでしまった事に、今更になって気づいたようだ。
「……」
「あっ、あの黒いのってもしかして、成虫かな~? あれって確か、依頼には入ってないよねぇ?」
「……」
「まぁ、いっか。うん。ほら、絶対数は、少ないよっ! ほら……、1、2、3。えーっと――。少ないって事で。アハハっ」
睨んで来るジキムートに、居心地悪そうに笑って、タトゥーを用意するイーズ。
しかし……。
「馬鹿っ! 馬鹿馬鹿馬鹿野郎ーーーっ! 逃げるぞーーっ!」
ガバッとイーズを抱きかかえ、ジキムートが山の斜面を転がるように、走っていくっ!
「はえ? 戦わないの? 魔物がやってくるよ?」
プルンプルンと揺れる、大きめの胸の位置取りを直しながら、相棒に聞くイーズ。
「アホっ! 馬鹿っ! 町の奴らから逃げんだよっ!」
「……。なんで?」
明らかに、不審な目をするイーズ。
「もう町には帰れねえんだよっ! 俺らはっ! タトゥーもさっさとしまえっ!」
「なんで? 魔物を倒せば、問題ないじゃんっ! 別にそこまで私、悪い事してないじゃんっ! 責任はきちんと取るもんっ! 町に迷惑かけないように、一人ででも仕事するモンっ!」
相棒の怒った素振りに、イーズが反抗する。
実際彼女達なら、危険はあるが、なんとかできる量だ。
町にモンスターが寄らないように、2人で戦い抜くのは問題はないはず。
「馬鹿っ! 虫の話じゃねえよっ!」
「じゃあ何さっ! 帰ってきちんと報告すませないと、依頼料が出ないじゃんっ! 馬鹿なのジークっ! お金がもったいない~っ!」
イーズがジタバタと怒って、ジキムートの腕の中でわめくっ!
だが……。
ピキっ!
「あぁっ!? 森は貴族の宝だろが」
青筋立てて、相棒を睨むジキムート。
……。
「あっ」
イーズが忘れてたと言わんばかりに、生声を上げた。
「森を焼いたら半殺しだボケっ! 貴族に焼き出されるぞっ!」
森は立派な、貴族の領土だ。
勝手に焼けば、重罪になる。
「あぁ……。どったらいっしょねぇ……」
すすっとタトゥーをなおす、相棒イーズ。
「つっ、次の街に進む、いい機会だね~。あははっ」
「馬鹿っ! 馬鹿垂れがっ!」
「ごめんてばぁ。機嫌直してよ~」
「馬っっ鹿野郎っ!」
「ちょっ!? 今のトーン、ひどいよジークっ! 本気で言ったなぁっ!?」
「アホっ! 馬鹿っ! 間抜けーーーっ! 次の町はこっから5日なんだよ、ボケェっ!」
「……降ろしてジーク。私、あほだわ。走る――」
2人は仲良く泣きながら、山を下っていく。
それは、寒さが染みる季節の話だった……。
「関所も通れねえんだぞーーっ!」
「ふぇえええーーーっ! ごめんジ―――クっ!」
彼らはここから、なんの補給も無しに5日間。
雰囲気最悪のまま、山の中をさ迷うしか手が無かったのだ……。
(魔法もどんなに強くたって、使いどころなんだよなぁ。あの後やっぱ、手持ちのタトゥーの残数が怖くて、町に戻ったっけか。そんで2人して夜盗やって、教会の神父脅して、タトゥー売らせたんだったかね。ありゃ散々だった)
苦笑いするジキムート。
イーズは少なからずとも、トラブルメーカーの気が強かった。