2章の21
「おや君たち、これからお出かけかい?」
レキが、じっとりと濡れたシャツ一枚と短パン一丁で、汗を拭きながら近づいてきた。
それは、スポーティーな彼女のイメージにぴったりくる姿。
漂う、なんとも言葉にしがたい程のエロティシズム。
肉欲を誘う、汗にまみれた筋肉っ!
程よく締まる、褐色の肌。
しかも小麦の肌には、はむしゃぶりつきたくなるような柔らかさと、しなやかさもある。
まるで、虫を寄せる花の蜜。
部屋中の男の目を引きつけて、やまない魅力があった。
「あぁそうだ。って、何してやがるっ!」
「えぇ? 一昨日は、ノーティス君の乳首を勃たせてあげようとしたからね。今度は君をと、ね。ノーティス君だけだときっと、さみしいだろ?」
「あほかっ!」
さっとレキから体を離すジキムート。
「……」
笑うレキに、ノーティスが恥じらいながらそっ……と胸を抱き、警戒した。
朝を少し過ぎた時間帯。
もうそろそろ、昼に向けての準備が始まろうとしている頃。
そんな玄関先の広間。
人もまばらの中で、3人が立ち話をしている。
「それでぇ……、ヘヘヘッ。なぁ、2人は昨日、一昨日と色々楽しんだのか~い?」
ニヤニヤと下賤に笑いながら、ジキムートの肩をぽんぽんと抱いて、親しそうに聞いてくるレキ。
「……アホかお前は。相手は男なんだぞ?」
聞いてくるレキに、即答するジキムート。
だがその言葉に、場の全員が意義を唱えたっ!
心の中で。
「男っ!? それがどうしたっ! なんだって言うんだいっ!? 男で良いじゃないかっ! 何を言う。馬鹿なっ、バカバカばっかかっ!?」
「ばかば……何?」
レキも、男だと言い張る女を無下に、大っぴらに嘘だと騒ぎ立てる程、子供ではない。
だが……、少し他人とは、いや、『ふつうの女』とはベクトルが違う彼女。
眼鏡をクイっと上げながら……。
「良いかっ! こんな美男子が横にいるなんて、滅多無いんだぞっ!? 前の穴がなければ……。そう、後ろを使えば良いんだよっ」
「お前はおっさんかっ!」
だが、他の傭兵達は完全に、同意していたっ!
心の中でっ!
「で、大切な話がある」
目を細めやおら、耳に口を寄せてくるレキ。
レキの表情に、ジキムートも応えた。
「ん……。なんかの指令か?」
「とりあえず、朝食は食べたね?」
「あぁ」
「手ぬぐいは持ったかい? 湿度高いからね。あと、テーピングするための布は? 汚れたのはダメだよ? 虫が湧く」
「……」
「水は持ったかい? 歯は磨いたね? お手洗いは行ったかい? 鎧があるか……」
「お前はお母さんかっ!」
「おっさんと言ったり、お母さんと言ったりっ。どっちなんだっ! はっきりしなよっ、人の心を弄ぶなんて」
「そこ……か?」
焦るジキムート。
するとそのスキに、ジキムートの懐にスッと、達人の指の動きで何かを入れたレキ。
「でも、水は重要だよ。持って行きなさい。ここは湿気が高いんだ。気づかなかった?」
「あぁ聞いたよ。水の神殿が近いからな。まぁ、そういやそうか」
確かにここでも、妙に汗をかく。
神殿からかなり離れているのにも関わらず、だ。
昨日の夜も、ヒヤリとした風が吹く割に、寝苦しかったのを覚えている。
「僕の飲みかけですまないが」
スッとレキは、水の入っている袋を押し込む。
「タダならまぁ、もらおうか」
「では、ね」
笑ってレキはすぐに、去っていった。
「なんなんだ」
訝しそうな目でジキムートが、レキを見送った。
すると後ろから、ノーティスが声をかけて来る。
「行きましょうか」
「あぁ」
気にせず2人は、街のパトロールに出て行ったのだった。
「あれ、良いのかい?」
「あぁん?」
ここは2階の廊下。
レキはあの後すぐに上がり、ヴィン・マイコンに合流。
彼ら2人を見送っている。
「知ってるんだろ? ここの〝風習″」
「……まぁな」
「彼らが行けば間違いなく、ね」
レキが、彼らの姿を窓から追う。
それにつられて窓を見やる、ヴィン・マイコン。
2人は今から町の警備なのだ。
ぶらりと散歩に行くように2人が、街へとくり出して行く様子を見ながら、傭兵長が笑った。
「ふんっ。まぁ良いじゃねえか。良い勉強になる。それに、な。あの女は恐らく、な?」
「やはり、か。ジキムートも可哀そうに」
レキとヴィン・マイコンは、遠ざかる2人を静かに見送った。
「へぇ~。やっぱり聖地ってのは、綺麗なモンだな」
2人は聖地の巡回がてら、観光して回る。
そこはキチンと理路整然。
画一された蒼でできた町。
観光にはぴったりの場所だった。
他の都市と違って非常に衛生的で、そして、宗教的。
おそらくダヌディナの紋章と思われる物が至るところ、外壁から店先までと、たくさん飾ってある。
それに、目を引くのは何と言っても……。
「レンガで作られてやがる。くぅ……。羨ましいねぇ」
羨望の眼で、ジキムートが街の建物を見る。
洋風の街並みと言えば、今も昔もレンガ。
そんな想像をする人間も多いだろう。
だが、実際は違う。
昔はからぶき屋根の、木造建築が主流だったのだ。
日本の時代劇に出てくる、小汚い小屋のような家。
アレと全く同じだ。
「ええ……。まぁ、聖地ですからね」
「やっぱ特別感あるよなぁ。頑丈だし燃えねえしっ! あぁ、こんな家に住みてえ。昔何度、家が燃えかけたか知れねえからなぁ」
当然、木造の庶民の家は燃えやすい。
ジキムートもよく、家を焼け出されかけた事があった。
「焔は――。ね」
ノーティスが暗い顔で、自らの髪留めをさする。
「どうした?」
何かを思い出した様子のノーティスに、ジキムートが止まった。
「いえっ……。まぁ、何か視線を感じまして、ね」
ハッとするように、ノーティスが応えを返してくる。
そして言葉にしつつ、周りに目線を這わせる彼女。
花の髪留めを触る度、銀の髪が揺れた。
「お前にか?」
ジキムートは訝しがる。
「私をまるで、邪険にするような感じがするんですよ」
「おっ、おっ! おぉっっ!? すげぇ……っ。見てくださいっ! ゴディンさんっ!」
「ん……何?」
呼ばれたゴディンという、身なりがとても清潔な男が返事を返す。
年は18・9と言った所か。
端正な顔にひょろりとした体。
キメが細かく白い肌はまるで、女性のようだ。
髪はこの時代には珍しく、きちんと整えられている。
身なりも申し分ないほどに清潔で、近代的な几帳面さを持つ、まるで貴族のような面持ち。
髪は薄いブラウン。
中央で大きく分けられていた。
目はブルーアイで、背丈は160なかば位。
そんなゴディン達はどこか、聖地を見渡せる位大きな建物の、その屋上にいた。
そこにポツンと3人が立ち、手にはこの時代には珍しい、望遠鏡。
街の様子をうかがっていた。
「どら……」
望遠鏡を手にしたゴディンが、男がさした方を見やり……。
「……」
……。
「どうしました?」
「いや……。何でもない」
ゴディンが、自分のポケットに忍ばせてあった青い花を取り出し、笑った。
そして再度、望遠鏡を覗き込む。
「これは……。うん、これは確かにすごい。うんうん。久しぶりに出たけれどよもや、こんな事があるなんてねっ! ふふっ」