2章の10
「さて……と」
ジキムートが、鎧をつける。
「ふぅ……」
一応薄着のノーティスも、鎧をつけていた。
支給された物だ。
すぐに外せるようにはしているが……。
「それじゃ、行くか」
ジキムートは支給された紋章を着用し、立ち上がった。
「ええっ」
ノーティスがしゅぽっと、ヘルムをかぶって町に出ようと部屋を出た。
そして1階に降りて、玄関の前。
そこに声がかかった。
「おいお前ら、お前らは特別だ。内覧会に行って来いよ」
「内覧会?」
ジキムートが振り返ると、パンがいた。
ふっくらと、温かそうな湯気を立たせる大きな袋。
「ヴィン・マイコン。……なんです、内覧会って」
パンのその後ろ。
ヴィン・マイコンに聞くノーティス。
しかし、ただのパンではないと、記述しよう。
彼が持っているのは驚く事に、全部、すべからず白パンだっ!
ゴージャスな白パン男が応えてくるっ!
「お前らは特別のご招待だ。ビッチエッタ様からの命令もあるからとりあえず、この町の最重要ポイントを知らせておく」
ヴィン・マイコンはフモフモと白パンを食しながら、適当に言ってくる。
「ビッチエッタ……。くくっ」
ツボったらしい。
朝日の黄色に照らされたレキが、笑いをこらえている。
「ビッチエッタ様、ですか。だとすれば、大歓迎ですよ」
「なるほど、俺らがまず守るべき場所……ね。ビッチビチエッタ様には感謝するか」
「ビッチビ……ヒヒヒっ!」
ついにレキが大笑いをし始める。その笑いは――比較的下品だ。
「もうやめとこうな。あいつ、笑い上戸だから」
ヴィン・マイコンが頭をかく。
そこには、下品に笑い転げるレキ。
美しい日差しに照らされながら、うめきまわっている。
「……イーズよりはマシかね? 豚じゃない、蛙だ」
ゲコっと鳴きながら笑うレキ。
「ところでそれ、なんだよ? 俺達には外では買うなと、そう言っておいてよ」
「パフだほ。仕方ねへだほ、腹減ふんだ」
フモフモ、フモフモ。
人と話しているというのに全く、口を止めないヴィン・マイコン。
「パンくらい、どこでも同じだろ。売店でもある」
「なっ!?」
「エッ!?」
……。
ジキムートの心の中で、しまった……という声が響く。
訝しそうにこちらを見る、ノーティスとヴィン・マイコンとレキっ!
「あっ、あなた。知らないわけがないでしょう。ここ……。聖地のパンがどれ程貴重かっ!?」
「お前マジ、何言ってんだっ!?」
「……」
ほぼ同時に突っ込まれ、たじろぐジキムートっ!
「ここのパンは極限的に言うなら、治癒魔薬と同義ですよっ。何せあの〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″をかすかに含んだ土壌の、黄金小麦を使うんですからっ!」
(やべぇ、なんとか反論を考えないとっ。)
「そんでもって、護符にも近いっ! コイツがあれば水の力が発動すんだよっ! 水の中で泳ぎが早くなったり、水の魔法にも抵抗ができるってシロモンだっ。まぁほんのちょっとだけどな。この話はこの世界ではゆ」
シュバッ!
「……」
「……くっ」
2人……。
ジキムートとヴィン・マイコンが睨みあう。
その姿に傭兵達全員が目を丸くし、驚きの声を上げたっ!
「マジか……よっ。あの新入りっ」
「ヴィン・マイコンに……。あの伝説の傭兵に、喧嘩売りやがったっ!?」
ざわめく室内。
ジキムートの拳が袋の上。
まっすぐヴィン・マイコンの顔面めがけて、突っ込んでいったのだっ!
それをヴィン・マイコンが、なんとかかわした格好だ。
だが、くわえていたパンが、落ちた。
「知ってるよ。だから1個、俺にも寄こせよ」
自分の手のひらの中の、パン一つ。
傭兵長に見せびらかすように問う、ジキムート。
「……。へへっ、へへへっ!」
笑いながら体勢を直し、ヴィン・マイコンがジキムートの肩を叩く。
そして、ジキムートに奪われた小さなパンを、上からのぞいてやる。
「やるじゃねえか見直したぜ。良いさ、そのパンはやんよ。お前のションベン臭え手で握ったのなんて、食えねえし」
ヴィン・マイコンは手を振って、その場を離れていく。
そして、ジキムートが安堵したように笑い――。
「大丈夫なんだよな? コレ」
去っていくヴィン・マイコンの後ろ姿に聞く、ジキムート。
「あぁ。なんせココの聖職者の口に全部、一口くわえさせて、飲み込ませてるからな」
(嘘の臭い。だがあの男の眼に恐怖はねえ。どう言うこった?)
「そうか」
訝しそうに傭兵長を見ながら、ジキムートがそれをサッと、袋にしまった。そして……。
(ふぅ。しっかしあっぶね、あぶね。昨日喧嘩売られといて、良かったぜ。)
ジキムートが心臓の鼓動が鎮まるのを感じ、なんとか安堵の息を吐く、がっ!
「あぁっ!? そっ、そんな」
ビクッ。
「あぁん?」
まだ何かあるらしいノーティスに、怪訝な顔で返すジキムート。
「私にも一口……、くださいよ」
ヨダレを垂らしながらノーティスが、ジキムートににじり寄る。
「やだよ」
「はぁはぁ、ちょっと。ちょっとですって。先っぽだけ、少しだけ先が入るだけですからぁ」
「レキに触発でもされたか?」
下賤な顔で迫るノーティスに、頭をかくジキムート。
だがそれは、ノーティスに限った事ではなかった。
「落ちたのは、良いんだよな? なっ!?」
「おいっ、お前ぇっ! 何取ってんだコラァっ!」
向こうで落ちた白パン。
ヴィン・マイコンの口から落とされたパンをめぐって、小競り合いが起きているっ!
それを無視し、ジキムート達が扉から出ていった。
「……。今彼、当てたね?」
「あぁ」
「どうしたんだ? お前が」
「ちょっと、日和ったぜ。あんまり見ない色だからな。気が付くのに遅れた」
「……なるほど。相当重症のようだ」
「どこがだっ!? ただ……。口を切っただけだよ」
苦々しそうに、切った口を擦るヴィン・マイコン。
「ふんっ。〝ココ″が、に決まってんだろ。ホントお前は、分かりやすいな」
そう言って相棒の胸を、拳の裏で叩くレキ。
「だが安心しろ。弱いお前がやられたら、僕がやり返してやるさ」
「いつの話してんだよ」
笑うヴィン・マイコン。
「今に決まってるだろ?」
「……次は負けねえよ」
レキは、ヴィン・マイコンのその目に笑った。
「あ~あぁ。良い朝だっ」
「まあ、いい天気だな」
少しだけだが白パンをかじり、上機嫌なノーティスとジキムートが、道を歩いて行く。
白パンの誘惑には2人とも、抗えなかったのだ。
「おい、並べ! 水の民共っ!」
「……うぅ」
橋の中央。
ジキムートが渡ろうとする橋に数名、傭兵と住人が居た。
その時傭兵が、何やら住民数名に重りを装着していく。
「じゃ~あ、お前ら。水の民だと証明して見せろ。魔法を使わず浮けっ!」
「そっ、そんなっ!? 無理ですよっ。私たちは……あぁああーーーっ!?」
ボシャンっ!
「へっへーっ! 水の民、ダヌディナ様のお気に入り共~、さっさと浮け~っ! かぁ……ぺっ」
唾を吐き出し、沈まないように必死の形相で、ジタバタとあがく住民を煽り立てる傭兵っ!
「グッァっ!? 助け……っ。あぶぁっ! 助けてーっ!? 」
「ほらほらっ! 早く浮けよーっ。水になっても良いぜーーっ!」
汚い水。
下水には、いろいろな汚物が流れている。
ゴミや犬の死体は当たり前。
糞尿や人の死体まで、色々だ。
そんな中、突き落とされた男はバタバタと泳ぎ……その内、黒い点として沈みこむ。
「あぁ~あ。情けない。これじゃあ水の民として、申し訳が立たねえなぁ」
傭兵が笑って、浮いてこない黒い点を指さす。
「ホントだぜ、なんだよ全く。水の民が聞いて呆れる。無能じゃねえかっ!?」
「……。むっ、無能などとっ!」
「あぁんっ? なんだってっ!? どうしたこのクソ民族がっ! 無能の役立たずじゃねえってのかっ。水の神様に愛されておいて、あんな程度で溺れ死ぬ奴が水の使徒って言えるのかよっ!? 無能じゃねえってのかよっ、おおっ!?」
「ぐ……っ!」
「水の民なら水に浮けっ! できないならダヌディナ神へ詫びてろっ! このクズ共がっ」
怒りだろうか?
妙な顔で傭兵達が笑い、そして……。
ボシャンボシャンっ!
次々と蹴り落とす傭兵達っ!
下では人々が泡を食いながら、助けを求めていた。
「さっさと神への信仰心見せろやっ、この神の使徒共っ!」
怒声と嘲笑、響く悲鳴……。
(まぁいつも通りの傭兵……、なのかね? その癖ガッカリしたような顔しやがって。昨日もそうだった。喜んでんだが悲しんでるんだか。)
傭兵達を見そして、ノーティスに目線を映すジキムート。
「何か?」
「いんや」
ジキムートがその光景に首をかしげながら、橋を渡って通り過ぎていく。すると……。
「ここからは、寺院か? ここが最重要って事はやっぱ、神様への詣で口って奴か」
雰囲気がガラリと変わる。
閑静で美しく、最も手入れされた壁が続く道。
白く輝く壁は、他と比べても異質。
特別な敬意を感じさせる物があった。
それにおそらくだが、ここはたくさんの人間が、毎日のように列をなしたのではないだろうか?
そう思える跡が残っている。
例えば置いてあるベンチの間隔や、売店が立ち並んでいたであろう跡だ。
今やもう、その場所には何もない。
無理やりに排除されたのだろう。
「ええ、神殿ですね。確かにここは、最重要ポイントと言えます。ただ……、分かると思いますが」
ノーティスが目線を上げ、ジキムートがつられて振ると……。