1章の43
「おぅ、そうかよ。分かった。じゃあなお前ら。ぷふふっ……。ダせえダせえ。出てけ~、出てけよ~……。だってさ。結局は全員、仲間を見捨てるゴミ騎士団だったな。2度も見捨てた。いつ戦えるようになるのやら~」
倒れて泣く騎士団だけでなく、喧嘩を売った全員ををあざ笑いながら、ローラに向かって行くジキムート。
最後は、感情のパンチを浴びせて終わりだ。
「……」
「全部返したぞ。お前らから受けたモン全部、な」
騎士団に言い放つ、ジキムート。
後には逆に、感情の吐き溜めにされ無様に佇む、領主を失った者たち。
「あっ、ローラ……。あの、疑って……。ごめんなさい。そのっ。声が似てたから」
突然に、使用人の一人が恐る恐る、ローラに謝罪をした。
おそらくは、声が似てたと勘繰ったのだろう。
だがアサシンの遺体の顔は、彼女ではなかったらしい。
「いえ」
ローラは気に留める様子もなく、無表情に歩き出す。
それにジキムートが、ニタニタと笑いながらついて行った。
「……」
「……」
静かな城内を、2人は無言で廊下を歩いて行く。
すると階段の途中。
やおらローラが、口を開いた。
「なかなか良い性格だ、傭兵。完全に戦意喪失からの、暴力の返答か。勝ちが見えても手を抜かないのは、相手の心に深く、後悔として刻んでやりたいから……、だな?」
「ご明察。当然だろう? 教育っていうのは、後悔から始まるんだ。ちったああれで、減らず口を叩けばどうなるか、分かったろ。偉そうな騎士団ぼっこぼこで、領民達大喜びよっ! それに俺は傭兵。他人が背負うべき物を、代わりに背負ってやるような馬鹿じゃない」
痛い目見ると、理解できるのが人間なら、痛い目見せて勝った奴が正義。
とてもあいまいな正義だがそれでいて、筋は通ってきた。
少なくとも戦場では。
そして……。
「ここになる。では、失礼がないように」
「そうか。しっかし……。悪かったな。腹、裂いちまって」
すぐに無言で去って行こうとする使用人に、笑いながら声をかけるジキムート。
「……」
やはり応えずローラは、闇へと消えた。
「なかなか良い教育してくれたよ……。ほんと。クソ虫め」
彼女は闇の中腹を押さえ、独り言ちた。
「……さて、と。入るぞ」
トントンっ。
「ええ、入りなさい」
中から声がするかしないか、そのうちに、扉をあけ放つジキムート。
彼が入った先には……。
ヴィエッタがいた。
香る良い匂い。
部屋は薄暗く、その中にたたずむ女は非常に、艶めかしく大人びていた。
「へぇ、なかなか奇麗じゃねえか」
美しく、艶がかった白い肌を見回すジキムート。
もうヴィエッタの傷は、ほぼ完全に治っている。
まるで何事もなかったように、白い肌を大胆に露出し、ジキムートの前で下着に薄いヴェールを這わせて、寝そべっていた。
「いらっしゃい」
まるで別人格の様な――。
今まで見てきたヴィエッタとは思えない、大人びていて、淫靡さと妖しさまとわせる顔で笑う、ヴィエッタ。
「ふぅ。なかなか、たいそうな仕事させてくれるじゃねえか。よもや、〝領主殺し″のいちみになるとはな」
隣にドッカと、勝手に座るジキムート。
髪が短くなって、少し印象が変わったヴィエッタを見やる。
すると少女が、笑って這い寄ってきた。
「そう……ね。でもそんな覚えは、以前にもあるのではなくて? 未経験……、ってわけでは、ねぇ」
ゆっくりとジキムートの太ももに、細い指を這わすヴィエッタ。
「ノーコメントだ」
その手をどかしてやる傭兵。
「あらぁ、わたくしそれが聞きたいのに」
彼女は名残惜しそうに、どかされた腕で、瓶から飲み物を注ぐ。
――ワインだ。
ワインを銀のグラスに注ぎ、傭兵に勧めて来るヴィエッタ。
「……仕事。そう、ビジネスの話をしに来た。傭兵を雇ってくれ。でなければ俺と敵対することになる」
はっきりと両の人指し指を立て、言い聞かせる。
この女と長々と駆け引きするのは、まずい。
そう感じる物が、ジキムートにはあったのだ。
「ふふっ、警戒心が強いのね。良いわ。それじゃあビジネス、ね」
笑ってその酒。
恐らく〝薬″入りの酒を、カーペットに垂らしたヴィエッタ。
「とりあえず、領主殺しの成果報酬をもらおうか」
「あら呆れた。これから大きな商談だというのに、そんな小さな事を持ち出すの?」
「俺は傭兵だ。例え〝俺の″食事を用意する為に、俺にテーブルを拭くのを頼んだとしても、金が要る」
傭兵の言葉にあきれ返るヴィエッタ。
「いくらかしら?」
「金貨5」
「……少し高いけれど、まぁ良いわ」
ふぅとため息をつきながら、ヴィエッタがズタ袋から適当に、金貨を取り出す。
「こんなものかしら、ね?」
細く白い指から、こぼれゆく金貨。
それを傭兵が受け取りながら――。
「ところで、聞きたい事があるんだが?」
「何かしら?」
「お前。あの時もし騎士団が、尻尾巻いて逃げずに、俺とタッグ組んでたら、どうしてた? お前の作戦だけじゃなく、子飼いの庭師も危なかったろうに」
強化型ジーガが暴れ出した時。
もし、誰かが隊を結束させて、徹底抗戦を敷いていたら恐らくは、ヴィエッタが危なかっただろう。
何せ、下手を打てばローラ以下。
彼女直属の部下が、捕まる可能性すらあったのだから。
すると……。
「簡単よ。勝負事。それだけかしら」
ハッキリと、『勝ちと負け』を背負う言葉を口にした、少女。
当然の事を聞かれたという、つまらなそうな顔でヴィエッタは、ショートの髪をはらう。
ブラウンが美しく舞った。
「へぇ――」
傭兵が感嘆する。
彼女の瞳から発する言葉は、ただ一つ。
運命と踊る。
ただ、それだけ。
「お前、良い性格してるよ。俺はお前を見直したぜ」
笑うジキムート。
ある意味傭兵は安堵した。
なにせ彼女は、戦いのど真ん中で戦っていたのだから。
裏で糸引いていたのではない、最前線で戦っていた。
騎士にも傭兵にもそして、義母にも。
勝機はあった。
(こんな一途なじゃじゃ馬に、貴族なんて世界は退屈だろうよ。もっと広い世界に行った方が、楽しめるハズだが、な。)
美しい、勝気な少女ヴィエッタを見る、傭兵。
彼女の狂気染みた気概は、貴族には向かない物だと感じ取っていた。
そして……。
(だがもし、貴族の狭い世界を壊そうってんなら――)
「それで、これからのビックビジネスだけれども。あなたには〝神の水都″に行ってほしいの。そう思っていたのですけれど、ね。ふふっ、やはりやめるわ」
少女が笑うと同時、黒づくめが1、2……5。
総勢5人、現れた。
「あなたが〝あの男″の手下でない、その保証がないもの。ごめんなさいね? 一瞬で殺しなさい、あなた達」
命令し、ベッドの脇にあった剣を引き抜いたヴィエッタ。
彼女の脇にはびったりと、1人の黒づくめ。
(横にローラ。さすがの万全って奴か。しっかし保証、ね。ローラも言ってたな。じゃあそうすっと……。)
ジキムートは瓶を見る。
ワインが入った瓶。
「安心しろ……っ。俺は間違いなく、傭兵だ。信念と金銭だけで生きているっ!」
そう叫ぶとすぐに、そこにあった瓶。
〝薬″入りの酒を一気に飲み干したっ!
「……っ!?」
ゴクッ。ゴクッ……ゴクッ。
「……ぐぅ」
頭が痛い……。
何もかも……全てが分からなくなる。
どこにいるのか、誰といるのかさえ……だ。
そのままベッドに座り込み、静かになった。
「……」
唖然と立ち尽くし、驚く女たち……。
すると……。
「……。ふふっ……。あははっ。アーハッハっ!」
ヴィエッタが突如、笑い始めたっ!
「さっ、最高だわっ! そんな危険を冒すというのねっ!? これが『酩酊剤』じゃなくて毒ならば、この男……っ。死んでいたのよっ!?」
「はい」
興奮して指をさしながら聞くヴィエッタに、ローラがうなずく。
「確かにその根性、認めないわけにはいかないわっ。ふふっ。うちの騎士団とは大違いね」
笑って、薬が入っていない酒を煽るヴィエッタ。
もう傭兵は動けない。
右と左という言葉すら、あいまいだ。
「……っ」
シュパッ!
やおら黒づくめのローラが、傭兵の首筋を一閃っ!
その場所から血がどくどくと、止めどなく流れ出す。
だが、その被害者であるジキムートが、動かない。
「致死性の高い攻撃に、微動だにせず、か。効いてます」
「そう……。では」
満足気にジキムートの前に座り、ヴィエッタが傭兵の手を取り聞く。
まるで、子供に向き合ってあげるように。
「ねぇあなた。私の事を、どう思ってるの?」
「ん……んぅ。ヤリてぇ。しゃぶらせ……てぇ」
その言葉に、苦笑が漏れる。
「……そう。正直なのね。他には?」
「いっ……いっ」
「い?」
耳を近づけるヴィエッタ。
「淫売」
くくくっ……。
笑ったのはヴィエッタだ。
そして1時間。彼が眠るまで、話は続いたのだった。