1章の42
「……。なぜ、こんな事に」
「ひどい……。ひどすぎるじゃない」
すすり泣く声。
城内は静まり返っていた。
その一画。
死体が並ぶその部屋の中で、傭兵が白い布を持って、独り言ちる。
「――だから言ったろ。お前に騎士は無理だって」
ボーっとする頭を押さえ、ジキムートが悲しそうに笑う。
「……」
応えない、ケヴィン。
傭兵はまだ、〝クスリ″の後遺症に苦しんでいた。
関節の痛みと、肌の痛み。
その上、チリつくような喉の渇きに、異様な寒気。
多用な症状が襲う中、声を絞り出す。
「全力を出そうが、何しようが、よ。勝てねえ事しかねえんだよ……。世の中ってのはさ。無理するなよ。逃げたきゃ逃げれば良い。分かるけど、さ。俺もきっと。……。あぁ」
苦しそうに唇を噛むジキムート。
最愛の女性を守ろうとしたのだ。
きっと自分も……。
そう思い、そして、思考を停止させる。
傭兵には、自分自身が信じられなかった。
「傭兵にも向いてねぇよ、お前。普通に暮らせる普通の奴は、幸せなんだぞ」
ゆっくりとケヴィンのほほを撫で、そこを後にするジキムート。
「待て……」
そう、白く冷たい手が彼を止めた。
「なんだよ」
振り向かず、答える。
「ねぇ……。どうなったの……、ヴィエッタ様は? きっと……。きっと無事だよ……ね?ねぇ」
「こんな時に、他人の心配をすんじゃねえよっ!」
ジキムートは、その引き留める影に目をやり、強引に布をかぶせてやるっ!
「せめて俺に、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″をあげちまった事を、後悔ぐらいはしろよっ」
ジキムートが生き残れたのはきっと、そのせいだ。
そして、ケヴィンが苦しみを癒せなかったのも、そのせいだ。
目を閉じ、死体だらけの部屋を出た傭兵。
「チッ……」
その瞬間、舌打ちが響く。
ジキムートの目線の先には、たくさんの騎士団員たちと、使用人がいた。
気にせず通り抜けるジキムート。
「あいつ……。なんで生きてんだよ」
「絶対、怪しいぜあの野郎」
「あんな薄汚い野良犬じゃなく、領主様にっ。神の奇跡が起これば良かったのに」
ぼそぼそと声が聞こえる。
これ見よがしに騎士団と使用人たちが、無視して通り抜けるジキムートに、声を浴びせていた。
そして前に人が居なくなった時、やおら……、ジキムートが止まる。
振り返る傭兵。
「おい」
そう、ジキムートが声をかけると一斉に、蜘蛛の子を散らした様に、声が静まった。
すぐに傭兵から目をそらす、騎士団達。
その元へとゆっくりと、歩き出したジキムート。
「お前。俺に自分の低能を押し付けるのは、やめろ」
手ごろな奴――。
難くせをつけてくる騎士団員に、面と向かって告げるジキムート。
反論を受けるとは、思っていなかったのだろう。
騎士団員はビクリっと体を震わせて、言い返す。
「なっ、なんだよ……。お前が怪しいのは事実だろっ!」
「だからなんだよ。それがお前ら腰抜けが負けた事と、どう関係がある」
「おっ、お前さえ来なければ、こんな事にならなかったんだっ! そっ、そうだろ。なっ」
仲間全員に聞くように、騎士団員が〝頼り″の方角に声をかけた。
頼りにされたその他は、肯定はしないが、否定もしない。
「それはただの、お前の妄想だろう。しかも、そんな大事な時の為の騎士団だ。違うのか? だがお前らは、ロクに戦いもせず。逃げ回った結果、無様に負けて領主を失った。それを俺で発散するのはやめろ。と言ってんだ。たった一人に何人殺されてんだよ」
冷静に、そして淡々と続けるジキムート。
「だっ、誰が……。俺たちは戦ったっ!」
傭兵の言葉を聞いて、彼に掴みかかる騎士団員っ!
だが馬力の差せいか、上背がジキムートよりある騎士団員が押しても、あまり動かない。
そしてジキムートがまだ、淡々と話を続ける。
「本気で、か? それであの結果か。領主は死んで、お前はのこのこ生き残ったのにな。本気なら死ねただろうよ。なんで、命を捨てなかった? 最後まで戦えなかった?」
「お前だって死んでないだろっ。本気じゃなかったっ!」
「例えそうだとして、なんだ? 俺はお前の手下でも、騎士団員でもない。俺が死ぬまで戦う義務はないんだよ、お前と違ってな。騎士団の義務はどうした? なんの為の騎士だ?」
「おっ、お前に言われる筋合いはっ!」
「あるねっ! 俺に喧嘩売ったんだ、あるに決まってるっ! それにその口ぶりじゃあまるで、俺のケツに隠れて、危機を去りたいと言っているように聞こえるが? いや、実際お前は、俺の後ろに隠れたよな。そうだろ騎士団共よっ!」
「そっ、そんな事言ってないだろうがっ。そんな話でもねぇっ!」
「じゃあなんと言っている? お前はなんと主張している?」
「おっ、お前が怪しいから……。そのっ」
ジキムートに突っかかった騎士団員は、言葉を失う。
感情に任せた言葉なぞ、取りまとめる事ができないのは明白だ。
支離滅裂で、行き当たりばったり論法に効く言葉は、シンプルだ。
真意を問いただす、
それだけで良い。
「なっ……。もっ。でっ、出て行けよっ! 文句があるなら出ていけっ! よそ者は出ていけって言ってんだっ!」
バンッ! バンッ!
ジキムートの鎧と、騎士団員のガントレットがかち合うっ!
必死に押し出すように騎士団員が、ジキムートを押し出しているっ!
手が出始めた。
白旗だろう。
それを見計らい傭兵は……。
「暴力はやめろ~。話はそれだけか? んっ? それだけを伝える為にお前は、わざわざ俺が怪しいだとかなんとか吠えてたのかっ!? 馬鹿じゃないのか?」
ゆっくりと煽っていく。
相手が白旗を振った所からが……、勝負だ。
「ばっ、馬鹿はお前だっ! 出ていけっ、早くっ! 早くだクソ野郎っ!」
バンッ! バンッ!
必死にジキムートを押す騎士団員っ!
だが、動かないっ!
「そ・れ・で……。俺が出ていけば、お前の失態は消えるのか? 出ていけば、どうなって正しくなると思っているのか、聞かせてくれ。領主を見殺しにしたお間抜けさんよ~」
「でっ、出ていけっ! 出ていけって言ってんだよっ!」
バンッ!
なんとか押しだそうと、躍起の騎士団員っ!
頭の中はもうすでに、真っ白だ。
騎士団員は必死にジキムートを押し出して、全力で吠えるっ!
「ぷふっ、ダせえ」
わざわざ仕草を大仰にし、相手の血の気を誘う。
例えどうこようが、傭兵はぶれない。
彼は経験から、こういった輩の対応には慣れていた。
「くっ、クソがっ! お前がだせえんだよっ! だせえのはお前だっ!」
「命もかけられない騎士団様が、俺をだせえだって? 笑えるねっ。自分で反省をしろっ! だからお前はダメなんだよ。田舎騎士の、世間知らずなんだ」
キャンキャンと吠える犬の騎士をよそに、傭兵は言葉をつづった。
ジキムートは怒鳴る訳でもなくただ、負け犬の彼らに、〝しつけ″を行ってやる。
「出てけっ。早く出てけよぉっ!」
騎士団員に涙が浮かぶ。
言い返す言葉がない。
「くっ……。クソぉ」
「……」
泣きむせび、やる気をなくすのが手に取るように分かる。
それは口論相手だけではない。
他の者達も黙りこくるだけ。するとジキムートは……。
「分かったよ。出て行きゃ良いんだろ?」
そう言うと傭兵は、背を向けた。
……。
静まり返る城内。
だが・・・っ!
ガッ!
「ぎゃぁああっ!?」
大振りの大振り。
涙で視界がぼやけて見えない、騎士団員。
それに、振り向きざまのパンチをお見舞いしたジキムートっ!
「暴力はやめろと言ったぞ、無能。てめえじゃ俺に、勝てねえんだよっ!」
彼は冷静を貫き通した。
「こっ、この……」
殴られた騎士団員が、殴られた頭を戻しすぐさま、反撃に出ようとする……がっ!
ガスガスっ!
ジキムートのパンチが連続で飛ぶっ!
一撃で終わるなんて、そんな訳がなかった。
「素人が」
どこか甘えがある。
どうせ一撃殴られればそのまま、自分の責任をうやむやにして、喧嘩に発展させる算段なのだろう。
仲間頼りの大口。
そして最後は仲間全員で、1人をす巻きにして勝利宣言、という所か。
だが、相手は傭兵だ。
兵隊は傭兵をクズだというが、その通りだ。
それなのになぜ、後ろを見せた程度で終わってくれると思ったのか?
そして、殴られてすぐさま、反撃をしようとしたのか?
的確に〝拳闘″に入れなかったのか。
「甘えんだよっ!」
「あぁ……あ」
仲間はすでに、ジキムートの拳圧と殺気に圧倒され、棒立ちだ。
「そらっ。それっ、あい……よっ!」
ガスッ! ゴッ! ガガッ!
矢継ぎ早に打ち付けられる、コブシっ!
倒れさせないように、そして、近寄ってタックルに入らせないように、と。
的確に相手を保ちながら、鎧のない場所を殴りこむ傭兵っ!
「がっ……。てめっ」
うめき声。
だがそれはすぐに、泣き声に代わる。
「ぐっ!? うぅ……すまんっ、ごっごめんっ。謝るっ! がはっ、謝るからっ!」
だが――。
ガスッ! ガッ!
一度喧嘩を売られたら最後。
一方が倒れて立てなくなるまで、通す。
仁義だ。
そして、殴られ始めてものの十秒で、脳震盪でも起こしたのだろう。
頭を押さえ、土下座のように倒れ伏す騎士団員っ!
その肩を踏み、ジキムートが要求を突きつける。
「泣けばなんとかなるなんて、思っちゃいないだろうな? 喧嘩を売って勝手に泣いて、きめぇんだよ。謝罪なんてどうでも良い。俺は傭兵だぜ。金を出してもらおうか」
「……くぅ……うぅ」
震える指で、お金を差し出す騎士団員。
倒れた相手を踏みながら、意気揚々とそれを奪い去るジキムート。
「サンキュウ……。良い儲けだわ。弱い奴の喧嘩は買うに限る、な」
笑うジキムート。
傭兵は、儲けられればそれで良い。
周りの人間はあからさまに、極道でヤクザな相手に目を逸らし、結局は仲間を助けなかった。
そしてジキムートが前を向くと、いきなり……。
「そこまでだ。主がお呼びになっている」
音も無く現れた女。
それが、目の前の極道者に声をかける。
女はツナギを着たあの、庭師のローラ。