1章の41
「言わねば……。そう、火をつけるぞ」
ヴィエッタを引き連れ――。
アサシンがあの、〝物置″の近くへ。
そこにはヴィエッタが、倉庫を崩したときに散らばった物が、点々とあった。
「こんだけあれば、10人くらい燃やすのは造作もないっ」
笑ったアサシンが、騎士団に〝それ″を投げたっ!
ばしゃっ!
「ぐっ、油……か」
頭から油をかぶった騎士団員っ!
ずぶ濡れの騎士団員を見ながらアサシンは、適当に拾い上げた油をもてあそびながら、聞いてやる。
「丸焼きになりたいのか? なぁ、そこのお前?」
スッ。
指が刺された、目線の真横。
「えっ……!? お……れ?」
油が〝かかってない″騎士団員を指さして、聞くアサシン。
突然の指名に、慌てる騎士団員っ!
「お前……。この友達を見捨ててみるか?」
アサシンはアゴで、目の前の人間を指さす。
本人ではなく、他人に決定権を与えたのだ。
「お前が応えなければ、こいつは火だるまだよ。かわいそうにな~」
「なっ、俺がっ!?」
突然の言葉に混乱し、周りを見渡すかかってない方の騎士団員。
「どうする~」
「えっ。クソっ」
動揺。
もし普段ならば、魔法で消し去れば良いと考えるだろう。
だが、今の状況では本当に、丸焼けになるのを見守るだけになる。
しかし、考える間もなく……っ!
「それ」
抑揚も感傷も、前置きも。
何もなく、そう言ってあっさりとアサシンは、火をつけたっ!
シュボバッ!
「ぎゃっぎゃあああっ!」
狂ったように泣き叫ぶ声が響くっ!
「あ……あぁ……」
炎を巻いた、黒い影っ!
それがバタバタと、泣き叫んでのたうつっ!
仲間が丸焼けになっていくのを目の前にし、氷つく仲間の騎士団員達っ!
「ギャアァっ。ギャギァアァアアーーーっっっ!」
それは異常っ!
炎もすごいが、それより心をエグる物。
それは声。
声なのだっ!
必ず耳に残る、狂気の咆哮っ!
「アァっ!? やめっ! 消してっ、消してくれええっ! 消せっ……。早くっ! 消してくれェエエーーーっ!?」
絶叫が響き続けるっ!
黒い人の影が必死に寝そべり、ドンドンっ! と、足を地面に叩きつけたっ!
騎士団は目をつむり――。
その様子をただじっと……。
ただ、じっとこらえるしかない。
すると……。
「ふふっ」
ブシュウ……。
いきなりアサシンが、火を消した。
辺りをすさまじい異臭が覆う。
体の一部を溶解させて、汚物をまき散らした跡がはっきりと――。
冷静になると見えてくる。
「あぁっ!? ……あぁ。はぁー。グズッ。はぁ……はぁ」
泣きむせびながら、ビクッビクッとはねる、燃やされた騎士団員。
黒ずみ縮こまりながら、痛みに震えた。
「さて……。もう1度聞くぞ?」
バシャっ。
もう一度アサシンは、再度同じ人間に、油をかけたっ!
「なっ……!?」
「燃やされたいのか?」
「もっ、もぉ嫌だ……。助けてくれ。もっ、もぉ勘弁してくれぇ。頼む……頼むから……よぉ」
小声が響き渡る。
泣きむせび、くぐもった悲鳴。
その悲鳴の主は、同郷のクラスメイトであり、10数年来の戦友だ。
「ダメよっ! 言ってはダメっ!」
「しっ……しかし。ヴィエッタ様っ!」
周りに目を這わしながら、必死で懇願するように、ヴィエッタの名『だけ』を叫ぶ、騎士団員。
顔には焦燥感が浮かぶ。
仲間を助けたい。
だがそれは、言葉にはできないっ。
ここでもし、主人の命令なく裏切れば――。
終わりだっ!
「お願いですっ! アイツには家族がいるっ! このままじゃ何もできずに犬死になんですっ!」
ヴィエッタを説得するしかなかった。
周囲には、メイドや執事も居る。
こんな場所で命令違反をすれば……。
例え、ヴィエッタもシャルドネ一家も、全員が死んだとしても間違いなく、後々処刑である。
良くてリンチだろう。
「あなた達、誇り高き騎士団員でしょうっ! 戦いを捨てるなっ!」
「しかし我らも人間ですっ。ぐすっ……。人間……なんです」
涙ぐむ騎士団員。
これが戦場の苛烈さであり、そして、彼らが欲した義勇伝の真の姿。
だがその時、それ以上に苛烈な言葉を聞かされる事になるっ!
「なにを……? あなたは……。騎士は人ではないっ!」
「っ!?」
「あなた達は〝剣″よ。領主が振るうだけの、ただの剣っ。それは人ではないっ! 何を甘えているのっ!? 同僚もあなた自身も、ただの〝ハガネ″っ! 戦友などはいませんっ」
騎士団は忠義を尽くし、領主を守る。
何よりも誇りを胸に、戦火を駆けて民衆を守る〝ツワモノ″。
そのような幻想を抱きがちだが、実際は違う。
騎士団は〝剣″を預けてしまっている。
自分の誇りを……。
〝キョウキ″を他人に、全く考えの違う人間にゆだねている。
そんな人間に本当の〝人間性″など、語る身分があるはずがなかった。
「それはあまりです、ヴィエッタ様っ! 我らにも帰る場所があるっ。仲間もいるし、待ってる家族がいるっ! 人だということですっ!」
「何を馬鹿なっ。人とは領民を指すのであって、騎士団ではないっ! 戦いなさいっ、剣の騎士たちよっ。私にかまわずっ! 燃やされても、刺し貫かれてもっ! あなた達には、人として生きる道などは決して、残ってなどいないわっ!」
ヴィエッタの言葉は重い。
断言された、戦士という物の命と誇りの軽さ。
――極東の武人は言っている。
武士道とは、死ぬことと見つけたり、と。
一振りの〝キョウキ〟となり果てた者に、言葉で語る〝高潔、高尚さ″など無意味。
人間性をかなぐり捨てた果てにはただ、殺意が残るだけ。
大きな勘違いに気づいたということだ。
「そっ……そんな」
だがしかし、人は真理で生きるのではない。
傲慢で生きるのだ。
辞書で引いた言葉や道理をいくら説いたとしても、人間は〝心″に従ってしまう。
「なんて、領主だ」
「ひでぇ。俺らを駒扱いとか……よぉ」
「やっぱりこの人じゃ、シャルドネ様には遠く及ばない」
口々に不満をあらわにする、騎士団達。
戦意が完全に落ちた。
戦うだけの意欲も実力も、何もかもがもう……、ない。
「これだから傭兵のほうがマシだとっ」
ヴィエッタがささやいた言葉に、愉快そうに笑うアサシン。
「くくっ、しょせんは騎士団なんぞは、〝アス・アーティストプロ(ケツ専門絵師)〟だからなぁ?」
「……くぅ」
ヴィエッタは唇を噛んだ。
だが……っ!
「そうだ。僕は〝ハガネ″。ヴィエッタ様にささげたハガネだっ!」
そう言ってそろり……そろりと、真ん前。
アサシンの真っ向から、ゆっくり歩いていく人間一人っ!
「そこのガキっ。止まれっ!」
「……」
すり足の様な歩み、それを止めない――ケヴィン。
「馬鹿がっ!」
バシャッと油が、頭からかけられるっ!
鼻には独特の臭いが広がり、滴り落ちる油。
「はぁはぁ……」
ケヴィンはそれでも、足を止めない。
アサシンは火を手元につけた。
そして見せつけるように、ケヴィンの眼の前へっ!
だがアサシンはそこで、見てはいけないものを見てしまったっ!
それは……。
〝眼″だ。
「うっ……」
ケヴィンの眼は本気だ。
歩みは止まらない。
決して止まらない。
そう、眼に書いてある。
(こいつよもや、火が付いたら私に抱き着く気かっ!?)
瞬間の迷い。
それが命取りになったっ!
「じ……ジー」
「せやっ!」
ドンッ!
「くっ!」
ケヴィンにタックルを受けて、倒されるアサシンっ!
アサシンがジーガを呼ぶ前に、ケヴィンが先手を取って見せるっ!
地面に転がり、もつれる2人っ!
「アッっ!?」
――だがすぐに、数秒も持たず、声が響いた。
ケヴィンの声だ。
何か、はっとしたような声。
そして……っ!
ドスっドスっ、ドスっ!
「アッ!? あぁっ……。あっっ……」
声が弱々しくなっていく。
「どけっ、クソガキっ!」
ドンっと音がし、動かなくなったケヴィンが引きはがされたっ!
腹部に複数の傷。
動かない体。
そして何より……、光がない目。
「はぁはぁ……。ジーガァアアっ!」
すぐに相棒の名を呼ぶアサシンっ!
状況を知ろうと、周りに目を這わす……がっ!
「そう、私は鋼よっ!」
アサシンの視界を覆う影。
目の前に、ヴィエッタがいたっ!
逃げるのではなく、攻撃へ転ずる彼女が持つのは、アサシンが落とした油っ!
「魔法なんて、使わせるものかっ!」
鬼神の如き表情っ!
ヴィエッタが、アサシンの口に手をぶっ込みそして、口で油の瓶を開け放つっ!
「んっ! んーっ!」
必死にヴィエッタの指を噛んで、抵抗するアサシンっ!
だがヴィエッタは、痛みに躊躇する様子が全くないっ!
「我の手には火。我を照らせっ!」
ヴィエッタは馬乗りで、アサシンの体を押さえながら、そのまま魔法を詠唱するっ!
属性は、火。
「〝ファイア(種火)〟っ!」
魔法は、放たれた――っ!
しゅぼっ!
「んんーーーーーっ!」
くぐもった叫びっ!
火はまたたく間にアサシンに広がり、それはヴィエッタまでも飲み込んだっ!
火だるまになる2人っ!
「おっ、おいっ!? お嬢だけでも助けないとっ!」
水の魔法を用意する、騎士団員達っ!
しかし……っ。
「消しては駄目……。消しては絶対にダメーーっっ!」
ヴィエッタが絶叫するっ!
「えっ!?」
「しっ、しかしっ!?」
「ここでしとめるのっ! コイツには〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″が――。うぁああああっ!?」
身が焼かれ、灰に巻かれる少女は一心不乱に、確実な勝利を目指していた。
その中で突然……。
「ガッ!?」
うごめく影。そして……。
「ぎゃああーーっ!?」
上がる断末魔っ!
「きゃあっ!? ジーガよっ! ジーガが暴れてるわっ!?」
金切声に全員が、悲鳴の現場を見るっ!
突然ジーガが起動っ!
騎士団を跳ね飛ばし、手ごろな執事を1人、刺し殺していたのだっ!
「おいっ、ジーガを押さえろっ!?」
「馬鹿っ! ヴィエッタ様が先だろがっ!?」
「だが、ジーガが襲って来てんだろがっ! よそ見してたら死ぬぞっ」
「ギャガガッ!」
ガスッ!
「ぐあぁああっ」
殺人兵器が大暴れっ!
ジーガに右往左往する者達。
「……」
「消しては……ぐぅ、絶対にダメっ! シとめるのよ、確実にっ!」
かたや、狂ったように燃え盛る炎に巻かれる、2つの人影っ!
2人の体を、炎が焦がし続けているっ!
現場はパニックだっ!
「はぁ……はぁ……。ヴィエッタ様。ぐあっ!?」
その混乱の中、襲い来るジーガに集中できない騎士団っ!
何度も何度も、火を伺ってしまう。
その炎の中では今、領主の娘が勝利を目指しているのだ。
ただひたすらに、肉が焼ける苦しみに耐えているのだからっ!
「おぉ……、おぃ」
「そろそろ消しに行ったほうが……クヌっ!?」
もう十分ではないのか? そうはやる気持ち。
肉の焼ける音に、炎の圧力。
そして、ジーガの喧騒っ!
「早く……。早く助けを求めてくださいっ」
手遅れになる前に、なんとかしたいのだ。
彼らの油汗が止まらない。だが……。
「……」
「消しちゃっ消しっ……。消っ……。けっし……」
狂ったように一言だけを繰り返し、必死にアサシンを押さえ込む黒い影。
「うわぁあっ! 消してっ、早くっ。消してえええっつ!」
突如響いた狂気の声っっ!
室内に響いたその絶叫に、ビクッと震える騎士団っ!
「はっ、早く消火だっ!」
「みっ、水の神よ……。わわわ……っ、我の……いやっ我らの大いなるっ!」
たたらを踏んで、ヴィエッタに駆け付けようとする騎士団達っ!
「止めてーーーーーーっ! 炎をっ! 炎をーーーっ!」
業火の中で叫び声が続き、そして……、黒い炭は静かに動きを止める。
それと同時にジーガも、動きを止めたのだった。