2章の37
「へへ……。このまま燃えちまえば良いよっ!」
「そうだそうだ。森を荒らす乞食共めっ」
ひゅんっ!
「焔が……っ!?」
「下がれクイーグっ!」
蒼白の顔で、炎の矢から距離を取るバーブマン。
彼らの前には2人の大人たちがいる。
その大人達の格好は狩人に見えた。
「バーブマンっ!」
「姉ちゃんっ!」
「何をするんですかっ! あなた達は村の方ですねっ!?」
急ぎ走り寄り、バーブマンを抱き留める姉っ!
抗議の声を上げたっ!
「邪魔なのを掃除してやろうと思ってな。俺らの森で勝手に猟なんてしやがってっ!」
ギシギシギリ……ッ!
弓を引く村人っ!
その矢じりの先には炎っ!
炎が6人を狙っている。
「猟だなんて、そんなっ!? 水の民の方々は虫は食べないと聞きましたっ! それに待ってくださいっ。そんな事をしたら森が……。神聖な木々が燃えてしまうっ!」
「あぁ? 虫は俺らが年中、魚釣りに使うんだっ。祭りにどんだけの魚が必要だと思ってんだっ、えっ!? 無くなったら困るんだよっ。」
「そうだぜっ! お前らは森のモンぜーんぶ食っちまうからよぉ。ったく、これだから樹の民は乞じ……いや、なんでもねぇ。」
口を押える、水の領域に住む者。
そして話題を変えた。
「それに、別に森が焼けちまったってなんだってんだ? 水の魔法ですぐ消すから大丈夫、さ」
ヒュッ!
「えっ!? きゃあっ」
ドスっ!
「ぐあっ!?」
「クイーグっ!」
弓に射抜かれてしまう少年っ!
痛みとヤケドに転げまわる、クイーグっ!
「くっ……焔を止めてっ! 魔法で水をっ」
「駄目だっ! 樹の国の侵略者共めっ! 神聖なダヌディナ様の水を、お前らが使う事は認めないっ! お前らガキ共でももし、一滴でも使って見ろっ。すぐに殺してやるからなっ」
怒号が響くっ!
どうやらその狩人の眼を見る限り、本気らしいっ!
「そっ……そんな馬鹿なっ」
放心する少女っ!
あまりにその大人達は、悪意ある眼をしていたのだ。
「ぐあぁあっ!?」
クイーグが泣き叫ぶ声が響くっ!
すると……っ。
「だ……大丈夫っ! 朝露が入ったのがあるよ、姉ちゃんっ」
グレミスが草の中にあった水を、吸水性の良い草に浸し……っ!
ジュウッ。
「……うぅ」
「あ~あっ。燃えちまえば良かったのにっ。草、草、草……。ホントお前らは、草ばっかだなぁ。樹の民はこっちにゃ迷惑なんだよっ、根まで枯らしちまうっ! 良いか? ここはユングラード様の森じゃねえんだっ。いくらでもおいそれと、虫も樹も生えやしねえんだっ! かぁ……ぺっ」
タンを吐き、怒号を上げる狩人の1人っ!
少女達は大人の本気の『殺意』で睨みつけられ、委縮するっ!
「ホントホントっ。森もめちゃくちゃに荒らしやがってっ! 樹木様の加護だのなんだの言ったって、俺ら水の神様から奪ったもんじゃねえかっ。水を吸うだけ吸って、還しもしねえくせしやがってっ! 俺らのダヌディナ様の加護にふんぞりかえって消費して、、何が樹木様だよっ!」
「しかしそれは、自然の循環ですっ! 樹々を成長させるには水が必要なんですっ」
樹の民の豊かな採取生活はあくまで、潤沢な森がある事が前提となっていた。
そうなると生活圏は、水のある場所に限られる事になる。
であれば――。
「ふん、くっだらねぇっ! 何が自然の循環だっ!? こっちは毎回毎回、水目当てに攻め込まれてんだぞっ。俺の義理の弟も死んで、妹は一人でやりくりしてるっ! ガキがいんだぞガキがっ。フランネルのせいだぞチクショウめっ!」
男の、切実な咆哮。
少女がビクリっと跳ねた。
樹の国の人間にとって、水の神ダヌディナは最も必要な『リソース・資源』でもあったのだ。
人間が、リソースを求めて奪い合う生き物ならば確実に、樹の国のターゲットは水。
ひいては、水のマナが溢れる土地だろう。
「樹木と同じで、本当に傲慢な奴らだよてめえらはっ」
「そ……それは……」
少女は狩人の言葉にうつむく。
「大体ダヌディナ様の神殿には、樹を1本も生やさねえっ! あの方は樹を嫌ってんだぞっ。神様が嫌うんだ、俺らが嫌ったっておかしくねえっ」
「神様が嫌う……」
神様が嫌っていると思える物を、自分が好きになるのは難しい。
それはなんとなく分かる少女。
現に――。
「お前らだって炎は怖いんだろうがーっ!」
ヒュッ!
突然火の矢を撃つ狩人っ!
「うあぁあ……焔が……っ」
「そっ、それは」
炎を見て、後ずさりする姉弟達っ!
炎の揺らぎを非常に嫌っているのが、仕草ですぐ分かる。
彼女らも身に、染みついているのだ。
樹の苦手属性である炎の怖さが。
拭えない、自分の神をおびやかす存在への恐怖。
焦がしの焔への嫌悪。
「ふんっ、ほら見ろよっ。次にココで猟をっ。虫でもなんでも採ったら、森全部を焼き払うからなっ! 俺らは水の力があるんだ。お前らを焼き払った後でなんとでもなるっ」
「そっ、そんなっ!? あんまりです、こんなっ! 神の違いでここまでする必要は無いハズっ!」
「……ふん何言ってんだ、樹の民のガキ。別にお前らを狙ったんじゃねえよ。俺らの村じゃ毎年、ここらの森を全部焼いてる訳だし」
そう言って薄ら笑う男。
「えっ、そんな……。森を焼くなんて、罰当たりなんだぞっ!?」
少年が言葉を口にした、その瞬間だったっ!
「なんだと……?」
――。
「ひっ!?」
様子が変わる、狩人達っ!
「おいっ……樹の民のガキっ! 俺らに勝手な尊神(リービア)を押し付けようってのかよっ」
「そっ……そんな訳ではっ!?」
「しかも、樹の国の奴の、勝手な思い込みをっ! ――ぶっ殺す。このクソガキ、殺してやんよっ!」
グレミスの言葉に、今までとは違う激昂を示す男達っ!
どうやら知らぬ間に、自分の国独自の、神への信仰を口にしてしまったらしいっ!
怒りの形相に恐怖する少女達っ!
「舐めんなよ、この木くずのゴミがーっ!」
近づいてくる大人達っ!
アッと言う間に少女に近づきっ!
「うぅっ!?」
バシンッ!
「姉さんっ、バーブマンっ!、逃げるぞっ!」
「クソっ! なんだこの罠はっ!?」
見た事が無い、複雑に編み込まれた樹々が足に絡まった村人っ!
2人がもがくっ!
「ナバルっ! ありがとうっ」
どうやら、ナバルがあらかじめ張っていたらしい罠に、足を取られている狩人達っ!
だが……。
「全員燃やしてやんよっ!」
炎の矢を構え、狩人達が少女たちに照準をつけ、一射っ!
ヒュンっ! ヒュンッ!
ドドスッ!
「あぁ……っ!?」
「クソっ!?」
行く手を遮るように、炎の矢が姉弟達の目の前に刺さったっ!
燃え広がっていく焔っ!
「くっ!? 本気でアイツら、俺らごと焔で焼く気だっ」
姉弟達を狙って、もう一射を用意する村人の殺気は本気だったっ!
逃げられなくなった少女たちは……。
「大丈夫よ。炎なんてないわ」
少女が笑い、その炎の中へ……っ!
「っ!?」
「お姉ちゃんっ!?」
唖然とする姉弟達とそして、村人達っ!
炎が――。
黒い煙を巻いて、立ちはだかっていたハズの火の揺らぎが全く、消えてしまっていたのだ。
「どっ……どういうこったっ!?」
「確かに俺は魔法で……っ」
村人が、自分の射かけようとした矢の、その先端を見やるっ!
綺麗さっぱりと消えていた炎の力。
忽然と火が失われたその山林には、風が吹き抜ける音と、水が流れる音。
そして、大地の温もりだけがあった。
「さぁ早くっ! こっちに来なさいっ」
少女の声が響くっ!
村人達が気を取られている間に、一目散で逃げていく6人っ!
「はぁ……はぁっ!? やっ、やっぱ駄目だココはっ」
「あぁ、近づいちゃまずいぞっ! 墓場なんだよっ!」
村人たちは蒼白になって、その場から退散していくっ!
……。
「うぅ……」
「大丈夫か、バーブマン」
「ぅう……。だ……大丈夫」
焦げた傷口。
広がったヤケド。
バーブマンの腕は動かせそうもなかった。
「俺らじゃまだ、薬の調合は早いぞ……」
「くそっ、応急手当だけしかできないな。水の土地だけあって、水分は豊富だけど、さ」
仲間の深い傷にたそがれる5人。
「それにもう、ご飯も採れない……。下手すれば本当にアイツら、樹を焼くかもっ」
「樹々は焼いちゃダメなのに……。きちんと手入れすれば、雑草なんかも問題ないっ! 森の管理、どうなってんだこの国はっ!」
「樹は邪魔なだけなんだよ、ココじゃ」
「そんなハズあるかよっ! だって俺らは樹木様に守られてっ!」
「アイツらの家族は、その樹木様の為に殺されてた」
「……」
弟達の言葉に少女はうつむく。
初めて直面する、自分の愛する神を邪険に扱う者達との、摩擦。
幼い彼女にはどうすれば良いか、分からなかった。
「くぅ……。もう、何をしてでも……国に還るしかっ。それならお金よ、お金を手に入れなきゃっ。町に行くしかないわ。でも、村の人間は私達を相手にしないから、別の奴を狙わないと」
そう言うと少女は決意を固め、村を睨んだ……。
「ねぇ……。そこのお兄さん」
「ん? なんだよおめえ」
そう言うと男は、村の暗がりに目をやる。
そこには女の子。
まだ年端のいかない、少女が立っている。
ボロボロの服に、ボロボロの髪。だが……。
「女を買わないかい? ほら……胸もなかなか大きいんだよ」
そう言ってゆっくりと、前の服をずらす少女。
少女は年の割に胸が大きく、体つきは女性らしかった。
肌色の乳首が美しくキレイで、幼さを感じさせる体。
「おっ……おぉ。顔はまあまあだが、良いねお前。娼婦か?」
「関係ないだろ? そんな事」
「へへっ。そりゃそうだっ」
舌なめずりする男。
「私を買いたいなら、料金の代わりに頼みたい事がある。私達を、隣村まで護衛を頼みたい。それだけで良いから」
「私達? 何人だよ?」
「6人。全員子供だよ」
「はぁ? 6人も? ダメに決まってる。そんなの銀貨10枚以上は必要だ。歩いて2日もかかるんだぞっ。お前ならそうだな……銀貨2枚だっ!」
「2……枚」
少女はその数字に戸惑う。
あまり何度も行いたくない行為。
数字の数え方は分からずとも、この行為の回数が増える事だけは、理解できたからだ。
「どうしたよっ。嫌なら良いぞ、別に」
「……。なら、銀貨5枚。5枚で良いからっ」
戸惑う少女は片手を一杯に広げた。
銀貨5。
大体1万5千円と言った所か。
「5~っ? 駄目だね5枚なんて。そうだなぁ……。やっぱり2でどうだ?」
周りを見ながら暗がりに入る男は、傭兵だろうか?
何かで武装をしている。
「そ、そんなっ。うぅ……。わ、私はまだ、その……。処女なんです。せめて5、くれないですか?」
頬を赤らめて少女が、自分の売り文句を口にした。
「ほほっ、処女……ねぇ。まぁ眉唾だが、よぉ。なるほどそこまで言うならぁ、へへっ。まぁ良いぜ。じゃあ5だ、嬢ちゃん。5で良いぞっ! へへ……」
じゅるりと舐めるように少女を見、男が笑う。
そして強引に胸を出させそして、ズボンとパンツの布切れをはがした……っ!
「くっ……ひくっ」
痛みにヨダレを垂らし、涙を流し泣く少女。
体、特に胸には、何度も強引に弄ばれたであろう跡が赤く、ハッキリと残っている。
秘部からは精液と共に、紅い液体がうっすらと線を描いていた。
「はぁはぁ……。なかなか良かったぜ。実際に処女だったとは驚いた。へへっ、2回もぶち込んじまったよ」
スッキリした様子で笑った傭兵。
「はぁはぁ……。じゃっ、じゃあ……。銀貨5枚を……っ!」
「へへ……。ところでお前。あの墓場に居ついたガキだろ?」
「……。そっ、そんな事関係ないじゃないかっ。早くお代を……」
「悪いが、金銭なんて払えないな。お前らはココでは目障りだって言うし、払う義理はねえっ。むしろ傭兵の俺に、排除依頼が出てるぐらいだ。まぁ誰もあんな気持ち悪い場所に近づかねえから、受けねえけどよっ。ほらっ、見逃してやるから帰れ帰れ」
そう言ってズボンを上げ、男が立ち上がる。
さっさと立ち去る構えだ。
「やっ……約束が違うじゃないかっ!? 兄妹が腹をすかしているんだっ! お金を……、金を寄こせっ!」
少女が立ち上がろうとした瞬間……っ!
「おいっ! ココであの、山のガキが娼婦やってるぞ~っ! なんかの呪文……。樹の呪文で脅してくるんだっ! 水の国への喧嘩を売ってやがるっ」
ビクリっ!
「……っ!?」
大声で叫び出した男に、怯える少女っ!
「おーいっ! ここだっ。コイツだ憲兵っ!」
「くっ!?」
走りだす少女っ!
恐怖にかられた彼女はすぐに、痛む体と汚れた服を抱えて、一目散に逃げだしたっ!
――。
「……」
「どうしたの……。お姉ちゃん」
「……。あぁ、カミラ。何でもないよ。お仲が空いたのかい?」
グスリ、と涙と鼻をぬぐう少女。
そして彼女はその――、かなり年下。大体6・7歳くらいだろう、幼子に答える少女。
すると、幼子が黙りこくる。
「……」
「そうか、そうだね。お姉ちゃんはお腹が空いたんだ。私はカミラより弱いな……」
弱々しく答える少女。
彼らはお得意の、木々の恵みの採取はもう期待できない。
また虫を採りに行けば、村の男に襲われる可能性がある。
姉弟達に広がっている不安感。
このまま行けば恐らくは、じり貧。
「そんな事、ないよ」
そう言ってカミラは手を握った。
その少女の……汚れた指を。
そして少女の長い髪へと、カミラが唯一身につけていた髪留めを、分け与えてしまう。
「あげる。元気出して」
「良いのかい、カミラ」
「うん……。我らの樹の神よ。折り重なり、交わる幹護」
「神なる大地の尊地。ありがとう……。グスッ。ありがとう……カミラ」
途中から唱和した、樹の神への愛。
「お姉ちゃんは私達を守る、樹木様だから」
「そう……だ。我らは折り重なって、生きるんだよね。そう……」
ギリリ……。
――。
「ハァ……ハァ」
「おい、そろそろ行くぞっ!」
「あぁ……」
何かを焦っている男たち。
「……」
そして……。